なぜ情報開示が重要になったのかちきりんの“社会派”で行こう!(1/2 ページ)

» 2011年10月31日 08時00分 公開
[ちきりん,Chikirinの日記]

「ちきりんの“社会派”で行こう!」とは?

はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。

※本記事は、「Chikirinの日記」において、2008年5月15日に掲載されたエントリーを再構成したコラムです。


 学生から社会人となった最初の職場で学んだことが、“三つ子の魂”のように長くその人の信念となることがあります。ちきりんも最初の証券会社で叩き込まれた「情報開示」(ディスクロージャー)の重要性については、今でも「これこそ物事を適切に動かしていくための鍵」だと信じています。

 「説明責任」(アカウンタビリティ)という言葉もよく聞きますが、これも本質的には同じことを意味しているのでしょう。情報開示が中立的な言葉なのに対して、説明責任は「説明する義務のある人」が「内容を知る権利のある人」に情報を開示するという「権利義務関係を伴う情報開示」と言えます。

 最近は、官僚が周到に準備して法案提出した案件について、事前の情報開示が不足していたため、後から問題化するケースが増えています。

 例えば、「後期高齢者医療制度」や「電気用品安全法(PSEマーク法)」に関しては、法律成立時は国民どころか国会議員や関連業界さえ、よくその内容を理解しないまま法律が成立してしまったと思われます。そのため実際に施行される日が近付くと、関係者から次々と問題点が指摘され、議論が大紛糾しました。

 自治体レベルでも、ゴミ収集ルールが変更される際、実際の変更日の直前に「そんな話は聞いていなかった!」という住民からの抵抗が高まり、実施を延期せざるをえなくなるケースも起こっています。

 この「官僚組織内だけで検討・法案化され、何も知らされていなかった国民や企業が実際の施行前にびっくりして反発」というのは、まさに「情報開示」の問題です。いずれも法案の内容そのものに問題があるというより、そもそも「誰も知らなかった」ところに大きな問題があります。

 一度大騒ぎになると、その後に首相や担当大臣が「説明不足だった」と頭を下げて説明を始めても「すべてが言いわけ」のように聞こえます。最初から丁寧に説明していれば納得してもらえた話も、問題化してからでは、説明しても揚げ足を取られて前に進まなくなるのです。

 しかも、説明不足をさんざんに糾弾された後、やっと始めた「説明」もお世辞にも上手とは言えないものだったりします。後期高齢者医療制度に関しては、「なぜこんな制度が必要なのか」という問いに対して、「多額の医療費を使う後期高齢者を通常の健康保険から分離することで、若者層や中高年層など労働者の負担を軽減するのだ」というような説明がなされました。

 しかし、すべての人は年を取るし、高齢になれば病気になる可能性が高くなります。若年層はともかく中高年層は、「後期高齢者を切り離したから、あなたの負担がラクになりますよ」と言われても、手放しで喜べるはずがありません。むしろ「自分が年をとった時には、どうなっているんだ?」という不安の方が大きくなるでしょう。

 抜本的に制度を変えようという時に、その背景にある資料や数字も、それ以外にどんな選択肢が検討され、なぜ最終的にこの案が残ったのかというロジックも何ひとつ伝えずに、「あなたにトクになる改正なんですよ」とだけ言われても、「ああ、そうですか」と素直に納得するほど、今や国民は政治家や官僚を信頼できていません。

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