はてなダイアリーの片隅でさまざまな話題をちょっと違った視点から扱う匿名ブロガー“ちきりん”さん。政治や経済から、社会、芸能まで鋭い分析眼で読み解く“ちきりんワールド”をご堪能ください。
高校生のころ、数学の問題集を使って勉強する際、私は問題を一読するとその後はろくすっぽ考えもせず、巻末の解答を見ていました。最初に「問題」「解答」、それに「解法のヒント」まで見てしまい、「こういう問題はこうやって解くものなのね」と覚えてテストに備えていたのです。
数学でさえ「考える科目」ではなく「暗記する科目」だと思っていた私は、アタマの中に蓄積する「問題と解法のパターン認識数」を増やして受験を乗り切りました。
仕事を始めてからも、「こういう案件はこうやって処理するのだ」と上司や先輩が教えてくれるのを素直に覚え、次に同じような事態に遭遇した時には同様の対応を取って乗り切りました。ここでも多くのパターンを覚えていていれば、何が起こっても「あのパターンだ!」とすぐに分かり、それを迅速に実行すれば「仕事ができる」と言われていたのです。
ところが20代の終わりに転職し、自分がチームの先頭に立って、これまで経験のない問題の解決に当たる必要が出てきた時、私はハタと困ってしまいました。「初めての問題なのだけど、どう対応すればいいですか?」と上司に聞きに行くと、「そんなことは自分のアタマで考えろ」と追い返されてしまったからです。
「そりゃあそうだ」と思って自分で考えようとしたのですが、机の前でうなっていてもまったく思考が進みません。ちょっと進んだと思ったら堂々巡りを始めるし、資料を眺めているだけで1時間も2時間も過ぎてしまいます。
そんな経験をしてようやく私は、自分が「どうやって考えるのか?」という方法論を持っていないと気が付きました。今までは「覚えて」乗り切ってきたので、考えるノウハウが身に付いていなかったのです。
考える方法論を持たないと、初めての問題に対処できません。よく「仕事にはテンプレートがある」とか、「先輩がやっているのを見て仕事のやり方を覚えろ」などと言われますが、そういうやり方でこなせるのは、「過去と同じ問題が起こった時、過去と状況が同じ時だけ」です。
私はこのころからようやく「覚える」「知っている」ではなく、「考える」の重要性を理解し、その方法論を勉強し始めたのです。
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