欧米は日本バブル崩壊の轍を踏むか?――日銀・白川総裁が語る世界経済の未来(4/6 ページ)

» 2012年01月24日 16時30分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

日本経済の低成長に関する事実

白川 類似点と相違点を正確に理解して頂くために、次に日本経済について、もう少し詳しく説明したい。ここでは、タイム・ホライズンを3つに分けて日本経済の成長に関する事実を説明する。

日本経済の成長:長期、中期、短期

 第1は、長期的な成長トレンドである。日本は現在の中国と同様、驚異的な高度成長を遂げた国として知られている。日本の高度成長の最盛期に当たる1956年から1970年までの15年間の実質GDP平均成長率は9.7%である。

日本の高度成長:中国との比較(出典:日本銀行)

 これは丁度、1990年代初頭から始まった中国の高度成長期の成長率とほぼ同じである。しかし、高度成長を遂げる国もやがては、高度成長の終焉を迎える。高度成長を支える諸条件、特に農村部から都市部への労働供給や高い労働力人口増加率もいずれかの時点ではピークを迎えるからである※。

※現在の中国との比較を含め、日本の高度成長については、白川方明「高度成長から安定成長へ──日本の経験と新興国経済への含意──(日本銀行Webサイトにリンク)」、フィンランド中央銀行創立200周年記念会議における発言の邦訳、2011年5月5日を参照。

 第2は、中期的な成長動向である。高度成長は1970年代には終わったが、それでも他の先進国と比較すると、成長率はかなり高かった。しかし、1990年代以降は相対的にみても、日本は高成長の国ではなくなった。現在に至る約20年間の日本の実質成長率は平均成長率で1.0%、名目成長率は0.4%と非常に低い。正に、「日本の失われた20年」と言われる所以である※。

※日本のバブル崩壊後の経験については、白川方明「経済・金融危機からの脱却:教訓と政策対応(日本銀行Webサイトにリンク)」、ジャパン・ソサエティNYにおける講演の邦訳、2009年4月23日を参照。

 日本経済に関する第3の説明は、ごく短期的な成長動向である。日本の経済活動は2011年3月11日の悲劇的な地震や津波の影響から落ち込んだが、政府、企業、個人の努力の結果、回復は予想以上のスピードで進んだ。もちろん、先行きについては、世界経済の減速から無縁ではあり得ないが、欧米と比較すると、資金市場や社債市場におけるリスク・スプレッド※から明らかなように、金融システム、金融市場の安定が目立っている。

※リスク・スプレッド……信用力の差による利回りの差のこと(Business Media 誠編集部注)
(出典:日本銀行)

中期的な低成長の原因

 以上申し上げた3つのタイムスパンの中で、本日の私の講演の主たるテーマは、中期的なタイムスパンでの経済動向である。私はこれまで便宜的に「失われた20年間」という表現を使ってきたが、前半と後半とでは低成長の原因がかなり異なっており、両者を一括して論じるのは、ややミスリーディングである。1990年代の低成長の主因は、未曾有のバブル崩壊に伴うデレバレッジであった。これに対し、2000年代以降の低成長の主因は世界の経済史に例を見ないような急速な高齢化や人口減少である。

 前半期のバブル崩壊の影響については、既に述べたことに付け加えることはあまりない。ひとつだけ相違点を挙げると、日本では失業率の上昇が相対的に小さかったことである。

グローバルなバブル崩壊後の失業率の推移:日本との比較(出典:日本銀行)

 失業率のピークの水準を比較すると、日本は5.4%であり、欧米主要国の10%程度より有意に低い。これは、雇用の確保を優先するという社会の選択を反映し、賃金水準の調整がある程度弾力的に行われたことによるものである。

 雇用の確保自体は社会の安定という意味でプラスであった。他方、賃金の調整が行われたとはいえ、経済に加わったショックの大きさに比べて十分とは言えず、企業内失業が維持された結果、バブル崩壊後の需要やコストの変化に対応した資源再配置の遅れをもたらしたという意味ではマイナスであった。また、賃金の下落は、労働集約的なサービス部門の価格下落を通じて、デフレの一因ともなった。実際、日米のインフレ率格差の相当部分は財ではなく、サービス部門で発生している。

 次に「失われた20年間」の後半期であるが、この時期については、人口動態の変化、より具体的には急速な高齢化の影響が大きい。日本の実質GDP成長率は確かに低下し、他の主要国と比較しても見劣りするが、過去10年の平均でみると、人口一人当たりの実質GDP成長率は他の先進国とほぼ同程度、そして、生産年齢人口一人当たりの実質GDP成長率で比較すると、日本が最も高い。

(出典:日本銀行)

 これらの数字が示すように、現在、日本が直面している最も大きな挑戦は、先進国では過去に例を見なかったような人口動態の急激な変化への対応である。

(出典:日本銀行)

 成長率の低下にしても財政悪化にしても、相当程度は人口動態の急激な変化への不適合から生じている。エコノミストによる経済予測の精度は多くの場合高くないが、将来の人口動態は比較的正確に予測できる数少ない経済変数である。そして、そのインプリケーション※は極めて重要である。

※インプリケーション……含意(Business Media 誠編集部注)

 高齢化の進展や人口の減少は、潜在成長率の低下、財政収支の悪化、住宅価格の下落をもたらす要因である。他の先進国も先行き程度の差こそあれ日本と同様の問題に直面することを考えると、人口動態が経済に与える影響をもっと研究する必要がある。

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