ネスレのコーヒーマシン「バリスタ」の壮大な計画それゆけ! カナモリさん(2/2 ページ)

» 2012年04月25日 08時00分 公開
[金森努,GLOBIS.JP]
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ロスリーダーから市場拡大のけん引車への華麗な反撃

 バリスタの投入前、ネスレは競合AGFに押されていた。先にも述べた個食化などの結果として、小分けのスティックタイプの商品にシェアを奪われていたのである。流通チャネルでも多数のフェイスを確保し、流通業界筋の情報では売り上げではネスレを軽く上回るという。それにつれ、ガラスびんタイプのインスタントコーヒーの値崩れは顕著となり、客寄せのための商品、ロスリーダーに設定されることもしばしば。ネスレにとってはうれしくない事態であったことは疑いようもない。

 加えて、“外飲みコーヒー”の定着に従い、コーヒーの多様な楽しみ方は“家飲みコーヒー”にも波及し、「粉末とお湯とミルクを入れて混ぜる」という単純なものから、マシンを使う本格的なもの、同じインスタントでもさまざまなフレーバーを楽しめるものなど、業界では「コーヒー戦争」とも言われる状況も起きていた。

 競合環境を考えると、1つには「手軽←→本格派」という味わいの軸と、「サードプレイス←職場などの外出先→家庭内」という飲まれる場所・シチュエーションの軸が考えられ、各社が独自性を出そうと考えている。

 その中で、ネスレはバリスタ発売前からも専用カートリッジを用いる「ネスプレッソ」や「ドルチェグスト」といったマシンは展開し、「本格派・家庭内」で、アフターマーケティングで収益を取るというポジショニングは確保していた。

 ただ、専用カートリッジを用いるという点において流通面での弱点(消費者にとっては不便)があった。そこで、従来流通に乗った「手軽」なインスタントコーヒーを用いて「本格」的な味を「家庭内」で出すという中間的なポジションを埋める武器として、バリスタが発想されたのではないだろうか。

 ちなみに商品の価値は3段階に分けられる。手に入れることで実現したい「中核的便益」。それを実現するために欠かせない「実体価値」。さらに、全体として魅力を高める「付随的価値」である。

 バリスタとエコ&システムの場合、「手軽に飲める本格派家飲みコーヒー」という価値が中核だ。7980円という手軽なマシン価格と、食品スーパーやドラッグストアなどどこでも手軽に買えるエコ&システムの利便性が実体。そして、パッケージ全体を紙化して環境に配慮し、さらに東北復興支援商品として売り上げから寄付を行うなどの施策を行っていることが付随だ。こう考えていくと、細部まで丁寧に設計されていることが分かる。

 現状までの成果についても簡単に触れておこう。2011年1月〜10月の全国におけるインスタントコーヒーの対前年伸び率が105%であることは先述したが、これを製品形状別で見ると「ビン」101%に対して、「詰め替え」が112%伸長。この「詰め替え」製品のメーカー別の伸び率を見ると、競合社が105%であるのに対し、ネスレは128%。縮小し始めていた市場を再度、拡大させる明らかなけん引車となっているのである。

 市場環境の変化でパイが小さくなり、競合に一度は引き離されたからといってあきらめるのは早い。バリスタとエコ&システムの事例は、そんな教訓と勇気を多くのマーケターに示してくれているように思う。

 さて、では次にネスレが考えている戦略とは何だろうか。バリスタは、先行のネスプレッソやドルチェグストと異なり、日本発の施策である。だが規模の経済性を求めれば、さらなる成功を国外に求めていくことが自然な流れではないだろうか。このあたり、どのような手法で展開していくのか。いずれ本欄で分析できればと思っている。ぜひ楽しみにお待ちいただきたい。

金森努(かなもり・つとむ)

東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道 18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。

共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。Facebookでもいろいろ発言しています。


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