「ただちに問題ない」は正しい判断? 政府は危機をどう伝えるべきか(3/3 ページ)

» 2012年06月26日 08時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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官房長官に大きな負担がかかる仕組みではいけない

塩崎 今回のリスクコミュニケーションを見ていて、枝野幸男官房長官(当時)が担っていた役割は実はすごく大きくて、ひと言でいうなら「今回はたぐいまれなコミュニケーターに恵まれた」と思っています。

 (民間事故調の)ヒアリングをしていると、彼の話し方や人柄も含めて、あれだけ適切に情報を開示することはほかの政治家だったらできただろうかと感じます。事前の打ち合わせはしているのですが、ほとんど結論が出ないまま、「長官、時間です」と言われて記者会見場に送り出されることもしばしば。その中でどういう風にリスクをコミュニケーションできるかというところで、枝野さんはすごく大きな役割を果たしたのではないでしょうか。

 他方、意思決定を誰がするかにおいて、為政者の人格や個性が一定の判断をすることに影響を与えるリスクをどう考えるかということ、言葉は悪いですが菅直人リスクということも議論されているのですが、私は枝野リスクというのもあると思います。

 枝野リスクとは何かというと、次に大きな事故が起きた時に日本が枝野さんのようなコミュニケーターに恵まれる保証はまったくないわけです。今の官邸の仕組みだと、官房長官が事務の仕切りの責任者ですし、1日何回も記者会見をしないといけない。こういう負担に耐えられる人がたまたまそこにいるとは限りません。専門家や技術者にお願いできるところはお願いし、専門家の広報官を作るなりして、制度としての強固さを高めていく必要はあるのではないかと思います。

高橋 危機管理体制という中でリスクコミュニケーションをきっちりしていくために、誰がどういう役割を果たすかというのは、やはりもう少し詰めて政府の機能の中に平時から置いておく必要があるのではないかと思います。

 私が事故調査報告書で大変興味関心を持ったのは、インターネット時代ということで、今回はものすごくたくさんの情報発信が特定の人からではなく、不特定多数の人からされました。その中には、政府からこういう情報が欲しいというコンテンツも含まれていたと思うんですね。

 私たちも新聞社の中でそういうものを使ってはいたのですが、どうしても情報を扱っている人間は情報を発信する方にばかり熱意がいって、どういう情報が今、必要なのかを受信する意識が欠けてしまいがちです。今回、一種のディスコミュニケーションが生じてしまった背景の1つにもなったのですが、そういうシグナルをきちんと受け止める機能みたいなものも、官邸の中に位置付けるべきではないでしょうか。今回、圧倒的に人手不足というところがありましたよね。

 枝野さんは官房長官としての情報把握に加えて、広報マンとして情報がよく分からなくても、とにかく会見に出ていって何かをしゃべらないといけない。これは相当、枝野さんの個人的な能力に負ってしまったところが大きいと思います。やはりそれぞれがどんな役割で情報を収集して、分析して、一元化、共有化して発信するかというメカニズムは、もう1回きっちり作り直すというのが3.11後のリスクコミュニケーション上の大きな課題ではないかと思います。

 最後にお二人に言い足りなかったことなどあれば、コメントをいただいてこのセッションを閉じたいと思います。

大塚 科学者としては、「ある時点で分からないことは分からないとしか言えない」ということを受け入れてくれる社会が欲しいと思います。これは今回の事故ばかりではなく、これから富士山の噴火とかもあるかもしれませんが、そういう時に国民がいつも「イエスかノーかはっきりしないと政府を信用しない」ということではいけないのではないでしょうか。

 それでは結局、最大の成果である安全は得られないと思います。分からない時は分からないなりに受け止めるということが可能な政治的素地というものが、これからできてくることも必要ではないかと思います。

塩崎 今、いろんな形で原発事故の検証が進んでいますが、どうしても誰がこう言った、ああ言ったという面白いところに光が当たりがちです。このリスクコミュニケーションについて社会的な反省と検証、そして再発防止という改善提案といったものはまだ十分に行われていないので、深まっていく余地は十分あるのではないかという感じを持っています。

 民間企業だとPDCAサイクル(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Act=改善)を回すと思うんですね。何かをやったらそれを検証して、反省して、次に生かす。今までの日本社会はどちらかというとチェックとアクションという直すところをおろそかにして、プランとドゥだけでやっていた。これだけの震災を体験した者の中で、次に生かしていく教訓を得ていくというのは非常に大きな我々の責任だと思っています。

 みなさんもそういった意味で、これからリスクコミュニケーションやこの震災からの学びについていろんな立場で議論をして、生かしていけるような1つの勢力として社会に働きかけができると日本も良くなっていくのではないかと思います。

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