キタキツネと遭遇した日の夕刻、私は釧路湿原に近い民宿に入った。ロビーの書架には、湿原の野生動物を撮った写真集が入っていた。女将さんにこの日接した事柄を話してみた。話を切り出した途端、女将さんが顔をしかめた。
「お客さんみたいに感じてくれる観光客は残念ながら少数派です」
聞けば、この宿に泊まる客のうち、相当な数の人がキタキツネに遭遇した際、エサをあげてしまうのだという。
「キタキツネは本来肉食性なので、スナック菓子やおにぎりで体を壊してしまう個体が多くて」
本来、キタキツネは野鼠などを食べているという。だが人間が食べるスナック菓子は塩分や糖分が強く、キタキツネにとっては下剤に近い刺激の強い食物だとか。
「疥癬(かいせん)と言う皮膚病にかかって、毛が抜けてしまうキツネが最近急増中です」
この病気にかかれば、毛が抜け落ち、やせ細ってしまうという。
女将さんの表情がさらに曇った。私が道東を訪れたのは8月初旬。首都圏は連日猛暑日を記録していたが、この地は20度程度。朝晩は15度以下になる。冬はいうまでもなく氷点下であり、マイナス20度超の日が続く。
こうした過酷な冬の時期に、毛が抜けてしまったキタキツネがどうなるかは想像に難くない。私は撮影した写真を女将さんに見てもらった。
「病気になりかかっているようですね」との答え。
女将さんが子狐の尻尾を指し、言う。
「キタキツネの尻尾は本来、太くてふさふさしているんです。でも、雨中で毛がしぼんでいることを割り引いても、この子の尻尾は明らかに細い」
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