テレビや観光ガイドブックで見た光景が目の前にある。そんなことを考えていると、子狐が一段と距離を詰め、あっという間にクルマのドア横までたどり着いた。観光ガイドの類いに、こんな注意書きがあったことを思い出す。
「キタキツネにはエキノコックスという寄生虫が存在するケースが多い。キタキツネを媒介してエキノコックスが人間の体内にも入り、長期間かけて寄生虫が肝臓などの臓器を食い破る」――。
クルマの窓を開けて子狐を見る。もちろん、触ったりはしない。この間、東京で知人に預けてきた愛犬のことが頭をよぎる。ちょうど体の大きさは同じくらい。人なつこそうな目線もどこか似ている気がする。だが、眼前にいるのは、紛れもない野生動物だ。
同時に、子狐と目があった瞬間、私は強烈な違和感に襲われた。目の前にある光景は、自然と人間が近いということではなく、人間がキタキツネを手なずけてしまった結果だと悟ったからだ。
利口な子狐はエサをもらうため、国道に現れた。停車した私からもエサがもらえるものだと判断していたのだ。全く人間とクルマを恐れる素振りがない。子狐を驚かせぬよう窓を閉め、クルマをゆっくりと発進させた。ルームミラー越しに見ていると、後方から中型の観光バスが見えた。
バスは私と同じように停車した。だが、次の瞬間、数人の観光客が窓からなにかを投げたのが見えた。スナック菓子か、あるいは果物か。判別はできなかったが、子狐は懸命に路面に落ちたエサを追っていた。
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