「消費税は、アタシたちアイドルが支配します」誠 ビジネスショートショート大賞サンプル作品

» 2012年09月14日 11時00分 公開
[山田真哉,Business Media 誠]

この作品は「誠 ビジネスショートショート大賞」のサンプルとして、審査員の山田真哉さんに書いていただいたものです。コンテストの締め切りは2012年9月24日(月)までですが、一次選考通過作品は特設サイトで順次公開しているので、ご覧ください。


 これは、室戸アキ(むろと・あき)、藍住よし乃(あいずみ・よしの)、観音寺綾歌(かんのんじ・あやか)の3人が、ただただゆるーいトークを展開するだけの物語である――。

アイドルの賞味期限

 「あー、どうしよー。もう出番まであと30分しかないわっ」

 ライブ本番を控えた楽屋は、いつも落ち着かない。だが今日はいつにも増して騒がしい。

 「まあ、まあ、アキちゃん。いまさら慌てんでも。プロデューサーに言われたんが昨日やから、しゃあないんちゃう?」

 「でもさー、よし乃ォ……アタシとよし乃と綾歌の3人で、ユニットデビューしちゃうんだよ。それもなにさ? 『消費税アイドル』って。ダサいを通り越して、意味不明じゃない!? ねェ、綾歌」

 「いや、プロデューサーの意図は、自明の理だろう。2014年4月には消費税が増税される。これから増税の話題が出るたびに、私たちは『消費税アイドル』として露出できるんだぞ」

 彼女たちはお世辞にも、売れっ子ではなかった。某アイドルグループの末端に位置していた彼女たちに活躍のチャンスを与えるため、新ユニットを結成……というのは表向きの建前。実際は、プロデューサーが一昨日の飲み会で適当に思いついたユニットを、普段日の当たらない3人にやらせてみよう、という余興である。

 ちなみに、今日のライブでは他にも、『企業年金アイドル』『自然エネルギーアイドル』など異色のユニットがお披露目される予定だという。

 「綾歌が言ってるその“露出”って、具体的にどんなことをするのよ」

 「そ、それはだな。スーパーの『消費税の増税分還元セール』で歌の営業が入ったり――」

 「アタシたち呼ばないほうが、経費が浮いてもっと値引きできるんじゃない?」

 「ま、まだあるぞ。政府がつくる『消費税率アップ告知ポスター』のモデルになったり」

 「何それ、アタシたちに増税の手先になれというのっ!」

 アキはどうしても乗り気になれない。だがプロデューサーの命令は絶対、の世界である。2人のやりとりを見ていたよし乃は、仕方なく割って入った。

 「まあまあ、落ち着き、アキちゃん。なんにしても、アイドルが続けられるんはええことちゃうの? 少なくとも、2014年まではクビにならんのやろぉ?」

 「……うーん。それは、そうね」

 「2014年4月に8%、2015年10月に10%に増税ってことは、うまくいけば3年後まで賞味期限があるっちゅうことやん。これは、ええでぇ。多くのアイドルが短期間で消えていく世知辛い世の中、細く長く生きられるんやったら、ありがたく思わんとなあ。ありがたやぁ、ありがたやぁ」

 「……よし乃、アンタはどこのおばあちゃんなのよ」

好きになれない消費税

 「にしてもなぁ……『消費税アイドル』になるってことはぁ、うちらも消費税についてある程度知っとかなあかん、てことかなあ?」

 それを聞いた瞬間、アキは青ざめた。

 「ゲッ! それはイヤなんだけど……」

 「おいおい、お前たちはダメダメだな。生まれてから十数年、消費税をずっと払ってきたんだろう? 何も知らないなんて、おかしくないか?」

 彼女達はアイドルとしては平均的な年齢だ。もちろん、生まれた時から消費税は存在している。

 「そういう綾歌は詳しいっていうの?」

 「当たり前だ。何を隠そう、私は将来政治家になるための話題作りとして、アイドルをやっているのだからな」

 「ええーーっ!!」

 アキとよし乃は揃って声をあげた。

 「『美しすぎる市議』とか『可愛すぎる県議』とか、その辺のバカそうな奴でも政治家になれる枠が、今の日本にはあるだろ?」

 「べつに“枠”ないと思うんやけどぉ……」

 「私はアノ枠を狙っているのだ。『美しすぎる』という看板にさらに『元アイドル』が付けば、トップ当選はたやすい」

 「……アンタ、今さりげなく自分の容姿を褒めたわね」

 「うっ」と一瞬した詰まった綾歌は、お茶を濁すため2人に話を振った。

 「で、君たちは消費税の何がわからないと言うのかね?」

 「じゃあ綾歌先生、は〜い」

 「藍住よし乃君ー」

 国会質疑のような口調で指名する綾歌は、なんだか楽しそうだ。もともと学級委員長タイプなのかもしれないと、アキは思った。

 「え〜っとなぁ、消費税はなんで『消費税』って言うん?」

 「それそれ! 消費税って名前がまず変じゃん。消費って“使ってなくなる”ってことでしょ。なくなるものに税金がかかるって、絶対変」

 この質問ならついていける、と思ったか、アキも話に加わった。

 「そっちの意味ではないんだな」

 綾歌は答えながらスマホで『消費 意味』と検索した。

 「……ほれ、2つ目に『人が欲望を満たすために、モノを買ったりサービスを使ったりすること』だと書いてある」

 「あー、欲望に税をかけるんだ?」

 「い、いや、『モノを買ったりサービスを使ったり』のほうだから」

 と言いつつも、綾歌は一瞬考えた。『欲望に税をかける』というのは、実はあらゆる税金の本質なんじゃないか、いやそんなことないか――。

どこまで増税?

 本番まで、あと20分。

 「とりあえず今回のライブでのミッションに話を絞ろう」と綾歌は言った。

 ライブ中盤での新ユニット紹介コーナーは、急遽設けられたため1ユニット30秒ほどと極めて短い。とりあえず構成メンバー紹介と、ユニットとしての名乗りを一言できれば御の字だろう。

 「その一言っていうんは、何を言えばええんかなぁ」

 「いわゆる、ユニットのキャッチコピーを考えればいいのではないか?」

 「消費税アイドルのキャッチコピーなぁ……。『消費税は凄いでぇ』みたいなんがあると、ええんやけどなあ」

 「スゴいっていうかさ、そもそもメリットすらないから困るんだよね」

 「増税した結果、国債に頼る割合が減るだけで、今より何かいいサービスが受けられるわけじゃないからな。だからあえて『社会保障目的税』と言って、イメージ戦略をはかってる面もある」

 綾歌は、そのへんにあった紙を手に取り、サラサラと円グラフを描いた。

 「国の年間の税収約40兆円に対し、歳出は約90兆円。差額の50兆円は国債、つまり借金でまかなってるわけだな。いまの消費税による税収は約10兆円だから、税率を倍にしたところで穴埋めにはまだ全然足りない」

 「歳出の中身はどんなん?」

 よし乃に訊かれると、綾歌はサッサッともう1つの円を描いた。

 「今の歳出は、だいたい30兆円が年金・医療・介護なんかの社会保障、20兆円が国債の利払い、15兆円が地方交付税、あと公共事業、教育科学、防衛がそれぞれ5兆前後、その他10兆円――ってとこだ」

 「だから、使ってる金額が大きすぎるんだって。普通ソッチを減らすでしょ」

 「残念ながら、高齢化が進めば社会保障にかかるお金はますます増える」

 「エーッ、じゃあどこまで増税しても足りないじゃん」

 「そうなのだ。消費税はどこまで上げても、まだ足りないのだよ」

 「ほな、うちらのキャッチコピーは『どんだけ上げても物足りない! 消費税アイドル』ってとこやなぁ」

 「いやいや、『どんどん欲しがる!消費税アイドル』ではないか?」

 「そんな欲しがりなアイドル、絶対イヤーッ!」

消費税のイメージアップ戦略

 「ちょっと待て。この流れでは、消費税のイメージが悪くなる一方だ。私たちのユニットの印象に関わるんだから、なんとかイメージを明るくしないと」

 3人は向かい合ったまま、しばらく沈黙が続いた。

 「あのさ……何か税にまつわるキャッチコピーってないの?」

 アキの言葉に、綾歌がまた手早くスマホをいじる。2人も横から画面をのぞきこんだ。

 「税務署の標語が参考になるのではないか。『この社会 あなたの税が 生きている』」

 「ウー、なんか鳥肌が……」

 「もっと、若者ウケするようなフレーズでいかんとなぁ」

 「『税のホットステーション』……とか」

 「『払っていいとも!』」

 「『目のつけどころが消費でしょ』」

 「『エイト‐テン、いい気分!』」

 「『納めろ。』」

 「……」

 再び、沈黙が続いた。

 「……やっぱヤメよっか、キャッチコピーは」

 そのとき廊下から声が響いた。

 「本番5分前――!!」

 タイムアップのようだ。やむをえず、早足で舞台袖に向かう3人。

 「ヤバいな、本番始まったら考えてる余裕はないぞ」

 「ほんまやなぁ、どないしょうかなぁ」

 すると――

 「……と……まして」

 「ん? なんだって?」

 歩きながら、何やらアキがぶつぶつと唱えている。

 「『消費税』とかけまして……」

 「謎かけ!?」

 「『アタシたちのキャッチコピー』と解く、そのココロは――」

 何を思いついたか知らないが、ちゃんとオチるならこのネタでいくしかない……と、綾歌とよし乃はすがるようにアキの口元を凝視した。

 「そのココロは―――どちらも、『値(音)を上げる』でしょう」

第1回 誠 ビジネスショートショート大賞

 Business Media 誠では、ビジネスについての短編小説を募集しています。大賞受賞作品は、誠のトップページに長期間掲載されるほか、電子書籍としても出版されます。文字数3000字程度が目安ですが、それより長くても短くても構いません。コンテストの締め切りは2012年9月24日(月)までですが、一次選考通過作品は特設サイトで順次公開しているので、ご覧ください。

 『さおだけ屋はなぜ〜』山田真哉氏や『もしドラ』加藤貞顕氏が審査――誠 ビジネスショートショート大賞


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