そこで、同プロジェクトでは、「トライアリストを固定客に転換する」という目的に絞り、トライアリストに対する理解を深めるための調査・分析をさらに行ったのです。
まず、調査チームは「要因分析」と呼ばれる手法を採用、クラシック音楽経験における78の要因リストを作成しました。
コンサートホールの建物、バーでのサービス、客員指揮者など、「トライアリストの経験」に何らかの影響を与えると考えられるあらゆる要因を洗い出したのです。その後、ネット調査などを実施して、トライアリストがリピートする・しないに大きな影響を与える要因となる16個を選び出しました。
この16個の要因には思いがけないものが残りました。たとえば、リストの1位は「駐車場」でした。最小限の手間で自宅とホールを往復できることが、トライアリストがリピートするための非常に重要な要因だったのです。
「駐車場」は、それまでどのオーケストラも注目していなかった要因でした。駐車場について文句が出たことがなかったからです。コアオーディエンスはすでに、他の移動手段を用いることで「駐車場問題」を解決していました。
しかし、トライアリストにとっては、駐車場問題が、リピートを妨げる大きな要因となっていたことが、調査によって「発見」できた。
そこで、プロジェクトに参画したオーケストラの多くは、近隣の駐車場と特別料金で契約、クルマで来場する際の注意をチケットと一緒に郵送することで、トライアリストの障害を取り除いたのでした。
駐車場以外にも、指揮者がプログラムについて数分でも解説する時間を取ってくれれば、トライアリストは、より演奏を楽しめることが分かっています(これも、言われてみれば当然と思える「発見」かもしれません。しかし、実行しているところがどれだけあるでしょうか?)。
結局のところ、トライアリストがリピートするためには、「オーケストラの名声や質」はそれほど重要な要因でなかったのです。もっと何気ないことがリピートの壁となっていたのでした。
先日の記事「ビジネスのカギは大きな気付きとは限らない」でも、インサイト(洞察)は必ずしもびっくりするような「大きな気付き」とは限らないことを指摘しましたが、今回のオーケストラの事例でも、発見してみれば、「なーんだ、そんなこと?」と感じるような小さな気付きです。
しかし、そんな気付きが大きな変化を生むことができる。顧客との関係性を向上するための大きなカギとなる。使える「インサイト」を得たいのなら、「平均的顧客」ではなく、より細かく顧客セグメントを切り分け、彼らの心理・行動を丁寧に観察していく必要があるのです。(松尾順)
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