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» 2013年01月08日 08時00分 公開

『鉄腕アトム』の最大の功績は何か――50周年のテレビアニメを振り返るアニメビジネスの今(4/5 ページ)

[増田弘道,Business Media 誠]

日本のアニメ制作費が安くなったワケ

 なかば伝説となっているが、手塚がスポンサーである明治製菓に対して提案した『鉄腕アトム』の制作費は1本55万円であった※。

※ただし近年、アニメ研究家の津堅信之氏の著書『アニメ作家としての手塚治虫』で、虫プロダクションは『鉄腕アトム』の制作費として代理店の萬年社から1本につき100万円の補てんを受けていた事実が明らかになった。

 この辺の経緯については広く語られているので割愛するが、当時の55万円は現在では200万〜300万円といったところで、現在は1本1000万円ほどで制作していることを考えるとかなり安い。しかも当初は制作費が1本につき250万円ほどかかっていたらしく、その差額は手塚のマンガ原稿料などで補てんしていた。

 この手塚が決めた『鉄腕アトム』の制作費が、その後の放送局から支払われる制作費の基準となったため、いまだにその責任を問う声があるのも確かである。しかし同時に、低コストであるがゆえに量産化が可能となり、海外にも進出できたということも事実である。

 製作費もさることながら、『鉄腕アトム』の最大の問題は毎週の放映時間までに納品できるかというところにあった。なにせ日本で初めての試みであり、誰も勝手が分からない。圧倒的な人手不足を補うため、制作現場では今までにないような工夫がされるようになった。

 その1つが、原画を描ける5人が1本を責任持って担当するというローテーションシステム。これは1本の監督、シナリオ、絵コンテ、原画という5〜6人で1カ月以上はかかる作業を、1人が5週間で仕上げるというという常識外のもの。

 だが、各担当が不眠不休体制でひたすら作業に打ち込んだものの、それでも間に合わない。納期に追われながらさまざまな工夫を重ねるうち、やがて自分たちなりの省略法(=リミテッドアニメ)の道筋が見えてきた。それは「簡単で、動画枚数のかからない、動かし方のパターン」であり、次表にあるような手塚流の“コンセプト・エンジニアリング”の答えであった。『鉄腕アトム』を制作する中から生まれたこれらの日本独自の制作スタイルは次第に主流となり、その後の生産性を高める原動力となったのである。

『鉄腕アトム』から生まれたリミテッドアニメの手法(山本瑛一著『虫プロ興亡記』より)

名称 内容
三コマ撮り 1秒に8枚の絵を使う(フルアニメは1秒に24枚もしくは12枚の絵を使う)。
トメ 文字どおり歌舞伎の見栄のように静止させる。
引きセル 人物がバストショットでフレームインする時や、クルマがよぎる時など、あまり動きのない場面は、動画1枚をずらしながら撮影する。
繰り返し 歩いている時などはキャラクターの動きを繰り返し、背景をスライドさせる。
部分 顔と身体はそのままで、腕や足だけ動かす。
口パク セリフをしゃべる時に口だけ動かす。
兼用 同じ動画を何カットも兼用する。
ショート・カット ワンカットが長いと、キャラクターを動かさないといけないのでカットを短くして躍動感を出す。

 コンセプト・エンジニアリングとは、松下電器産業で技術顧問を務めた唐津一によると「まず目標を定め、それを成し遂げるための方策を新たに編み出す」という発想法。手塚が当時のスタッフに言った「『アトム』はアニメーションではなくアニメです」(杉井ギサブロー著『アニメと生命と放浪と』)という言葉に現れているように、無意識のうちにこの手法をアニメ作りに適用していたのだ。

 具体的には毎週『鉄腕アトム』をオンエアさせるためにどのような制作手法を取ればいいのか逆算し、それに沿って制作現場、工程を組み立てるというもの。ディズニーのフルアニメーションの呪縛が強かった日本は、手塚の決断によって否が応でもリミテッドアニメの道を歩まざるをえなくなったのである。

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