『鉄腕アトム』の最大の功績は何か――50周年のテレビアニメを振り返るアニメビジネスの今(2/5 ページ)

» 2013年01月08日 08時00分 公開
[増田弘道,Business Media 誠]

物理的に不可能と思われていたテレビアニメ

 日本のアニメ産業が発展するきっかけとなった『鉄腕アトム』だが、その最大の功績はそれまで不可能だと思われていたテレビアニメを実現させたところにあるだろう。

 当時、最大規模の東映動画では90分の劇場長編アニメを作るのにのべ350人ものスタッフを動員しており、年1作の制作が限界。1960年代以降は年2作を目指し、監督や脚本家のほかに原画5人、第二原画10人、動画30人、トレース10〜15人、彩色30人など合計90人ほどの作画スタッフによる制作ラインを2班作り、生産性を上げようと試みたがうまく行かなかった。90分の劇場アニメを制作するだけでも四苦八苦している中、ケタ違いの分数になるテレビアニメはあまりに非現実的であったのである。

 30分番組(CMが入るので実質20分強)を年50本制作すると考えると、年間トータルで1000分以上。東映動画の手法で制作するなら、単純計算で3000人以上の人員が必要となってくる。『鉄腕アトム』が始まる前の3年間のセルアニメ生産分数を見ると、1960年は208分、1961年は266分、1962年は308分と徐々に増えてはいるものの(山口且訓・渡辺泰著『日本アニメーション映画史』より)、年間1000分にもなるテレビアニメに対応できるとはとても思えない。

 テレビアニメでは最低でも4〜5班の作画班を組んで分業する必要があるが、東映動画でさえ2班を確保するのが精一杯の状況で、その倍以上の作画スタッフを確保するなど物理的に不可能と思われていた。そもそも、日本中のアニメスタッフを全員集めても500人に満たないと言われていたのだ。

 制作スタッフに加えて、製作費も大きな問題だった。東映動画の劇場アニメは約90分で予算は約6000万円、単純計算だと30分番組なら2000万円ということになる。それを年間50本作るなら、合計10億円。当時の物価は現在の5分の1ほどなので、実質50億円ということになる。今のテレビアニメの年間制作費はキッズ・ファミリー向けの場合、年50本で5億〜6億円であることを考えればとてつもない金額である。

 もちろん劇場アニメのクオリティでテレビアニメを制作するのはありえないが、当時は前例がないだけに制作費の基準をどこに置くかが非常に難しかったようだ。1本当たり250万円、あるいは500万円かかるという説もあったが、やってみないと分からないというのが実情。このような状況下でテレビアニメを制作すると聞けば、誰もが「正気の沙汰ではない」と思ったのは当然だろう。

 ところが、その不可能の壁に挑戦した人間がいた。手塚治虫である。終戦の年に出会った松竹動画研究所の『桃太郎 海の神兵』でアニメ制作を決心し、『白蛇伝』でその思いをさらに強くした手塚は東映動画に遅れること10年、1961年に手塚治虫プロダクション動画部を設立した。手塚は東映動画の『西遊記』で原作・構成・演出を初めて経験、『アラビアンナイト・シンドバッドの冒険』でも脚本を手がけていたが、アニメ制作のキャリアは絶対的に不足している。それでも、これ以上待てないという思いが制作プロダクション設立に走らせたのである。

 1962年には社名を虫プロダクションに改名、富士見台の自宅敷地内に150坪のスタジオを建設し、準備は整った。その第1作として制作されたのが39分のカラーアニメ『ある街角の物語』である。この実験的作品は商業ルートには乗らなかったが、「芸術祭奨励賞」「ブルーリボン教育文化映画賞」を受賞し、一定の評価は得られた。

 そして、その次回作に決まったのがテレビアニメ『鉄腕アトム』である。ところが、手塚が制作を決断した時点でスタッフはわずか20人ほど。週1回オンエアできる体制からはあまりにもかけ離れていた。

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