株高円安は日銀の不熱心さを露呈させた――浜田宏一氏が語る金融政策のあり方(3/4 ページ)

» 2013年01月21日 00時35分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

「構造改革についての考え方は竹中平蔵氏に近い」

――今、日銀は発行済み国債の11%を保有していますが、この割合に制限はあるべきだと思いますか。

浜田 経済学というのは、医学と非常に似ています。高熱を出している患者にどのくらい新しい薬を投与すべきかというのは、やってみないと分からないところがあるわけです。もちろん常に注意深く薬を与えないといけません。経済においては、例えばインフレーションが起きたら、また違うことをやらないといけないわけです。

 私は根本的には一橋大学の林文夫先生と同じ意見で、国の債務を減らすことは基本的に悪いことではないということです。そうすることによって、急激なインフレーションの期待、あるいはインフレーションそのものが起こるということはあまり思いません。政府が多くの債務を抱えていると、国民が「本当に償還できるのか」という不安を抱きます。日本銀行が直接たくさんの国債を購入すると、自分でお金を印刷するわけなので、それで債務は消えるということです。

 もちろんリスクはあります。あまり供給を大きくすると、円が増えすぎるので、インフレーションにつながります。確かにそういうリスクはあるのですが、1950年以降、日本ではハイパーインフレーション、あるいは二ケタのインフレーションは基本的に起こっていません。

 やや高いインフレーションが起こったのは第一次オイルショックの後だけでした。第二次オイルショックの後には日本銀行が非常にうまい対応ができました。これは私の元恩師である小宮隆太郎先生のアドバイスを聞いたからだということです。その対応がうまかったために8%以下に抑えることができました。そのリスク(ハイパーインフレーション)は常に存在するわけですが、供給をあまり増やさないということを基本的に考えれば大丈夫だと思います。

 インフレーションの何が悪いかというと、これは基本的に国民全体に大きな税金を課するということです。つまり価格が上がるので、購買力が下がるということです。結局多くの人たちから、税金をとっているようなものです。ですので、「これは何とか避けなければいけない」と思うのですが、やってみないと今のデフレは脱却できないと思っています。

 金融緩和を続けて、価格があまり変動しないのであればずっと続けるべきだと思います。そして、ある点で価格が上昇し始める時に、日銀は何かしないといけません。日銀の方たちは私が聞くところによると非常に高給取りということなので、それは彼らの仕事であるということです。あまりに価格が上がり過ぎるなら、彼らがそれを止めないといけません。

 しかし今、日銀は「オオカミが来た!」と叫んでいる少年のような感じで、すぐにハイパーインフレーションが来るのだと脅しているような感じがしますが、そんなことはないと思っています。

――ドイツのショイブレ財務大臣が安倍新政権が目指している将来的な追加金融緩和に強い懸念を表明したのですが、これについてどう思いますか。また、日本政府は問題を解決するために多くの紙幣を印刷すればいいと考えているところがあると思うのですが、持続可能な成長を確立するためにどのくらいの構造改革が必要だと思いますか。

浜田 私は今日のプレゼンテーションを準備していて、新聞を読んでいなかったので、ドイツの財務相が何を言ったのかは知りませんでした。しかし、似たようなコメントは日本の中でも聞きます。リーマンショックの時、為替レートは1ドル100〜110円だったと思います。1ドル110円レベルになったら問題かもしれませんが、過去3年間を振り返ってみると、日本の物価水準はほとんどフラットあるいは少し下がっています。それに対して米国では毎年3%増加しています。

 結論から言えば、私は1ドル100円くらいはいい水準ではないかと思います。先日、甘利明内閣府特命担当大臣が「3ケタを過ぎると、輸入価格の上昇が国民生活にのしかかってくる」とお話ししたのですが、「なぜそんなことを言ったのかな」と私は思います。確かに1ドル110円くらいになると問題かもしれませんが、1ドル95〜100円くらいだったら特に心配ないと思います

 構造改革は必要かという質問ですが、政府が非効率的な組織あるいは事業を支えることは良くないと思います。日本でも米国でも欧州でも同じことが言えると思います。

 つまり言いたいことは、構造改革はとても重要だと思いますし、竹中平蔵氏がずっと唱えているようなアイデアをたくさん導入すべきと思います。今までは多くのプロジェクトを推進するとか、いくつかの補助金を組み合わせて問題に対処してきたと思いますが、違った知恵が必要かと思います。例えば、どのようなインセンティブを民間に与えたら、どのような効果が出るかということをもっとリサーチすべきではないかと思っています。

 もちろん例外的な分野もあると私もよく分かっています。例えば、震災からの復興という分野、あるいは米国での銃の規制ということになると、価格のメカニズムにすべてを任せるだけではうまくいかないことがよく分かっています。そういう特殊な分野では政府が介入するべきかもしれませんが、基本的に何が重要かというと、一方ではリフレ政策を実行し、もう一方では構造改革を進めるということではないかと思います。

 白川総裁などはインフレ期待があまりにもまん延することになると、みんなの節約という気持ちが強まると心配していると思いますが、それは非常に分かる心理です。例えば紙の値段が上がると、節約するために両面コピーすることになってくると思いますし、安価なものだとそういう節約法でもなくなることがあります。しかし、基本的には金融緩和という価格のメカニズムをうまく利用するべきではないかと思います。

――お話を聞いていると、金融緩和政策を積極的に実行するべきだという一方、財政政策に関してはちょっと懐疑的な目で見ている感じがします。今、安倍首相は両方を推進しようとしているわけですが、明確にしている政策というのは大きな補正予算を組んだということです。この刺激策をどう見ていますか。どういう規模が適切で、どのような必要性があると思いますか。そして将来的にまた新しい刺激策が組まれるとお考えですか。もし、さらに刺激策が必要であるということでしたら、どのような水準が必要だと思いますか。

浜田 私は安倍首相はもう2つのことを実現したと思います。アナウンス効果をうまく利用したと思っています。2012年11月にこういうことをすると発表しただけで、金融市場は非常によく反応してくれました。そういう意味では、もう金融政策を実行し始めたと言えるのではないかと思います。さらに予算を発表していますので、これも合わせて2つの大きなアナウンス効果が出ています。

 ここで1つ、告白しないといけないのですが、私は人生を通して経済理論をずっと勉強してきたわけですが、率直に申し上げるとちょっと数字に弱いところがあります。昔、経済企画庁の仕事をさせていただいた時にも非常にショックを受けました。担当者から、「浜田先生、価格や金利がこのような方向に動くとおっしゃっていますが、どのくらいの期間これが続くのか、どのくらい上下するのか」と聞かれたのですが、私は具体的な数字とか聞かれると、これは大学院生などが一生懸命研究するような分野ではないかと思うので、具体的な数字はちょっと控えさせていただきます。

 ただ私が非常に懸念していることは、もしかすると多くの政治家やジャーナリストがちょっと誤解しているのではないかということです。つまり、「財政支出は必ずしも経済を刺激するわけではない」ということです。これは金利がゼロの時以外ではということですが、どのくらいの財政支出を考えているのか、どのくらいの質のものを考えているのかということがミクロ経済学的な目で細かく吟味されるべきではないと思います。

 つまり本当に必要なプロジェクトを行うべきなのですが、そういうプロジェクトを通して何とか経済を刺激させようと思うのは良くないと思っています。ここでまた告白があるのですが、私はもしかしたら竹中平蔵さんの考えに近すぎるかもしれません。

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