株高円安は日銀の不熱心さを露呈させた――浜田宏一氏が語る金融政策のあり方(4/4 ページ)

» 2013年01月21日 00時35分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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――小泉竹中改革の時に規制緩和を推し進めたことで、経済格差が広がったという批判がありました。今回、安倍氏が首相になったことで、格差が広がるような施策が多くなるのではないかという社会的な不安もあるのですが、そのことについてどのようにお考えですか。

浜田 日本は非常にホモジニアス(同質)というか、人種も比較的変化がなくて、社会としては全体のレベルを考えると格差の少ない国だろうと思います。

 しかし、小泉改革路線があまり国民の同情を得なかったというのは、競争で優秀な人がどんどん伸びてくる面は強調した一方、それを強調するあまり、競争から落ちこぼれになる弱者に対する思いやりを持った経済政策が叫ばれなかったことにあると思います。

 小泉時代、競争が盛んになって、みんな競争するから結局はレベルが上がって、むしろ格差は小さくなることも起こったと思います。学者の社会などで競争させるといけないというのは分かるのですが、むしろ格差ができるような競争に耐え抜いていかないと仕事の能力が上がっていかないということで、そういう意味では構造改革の精神は非常に重要と思います。しかし、弱者に思いやりのあるというか、「落ちこぼれた人がどうしていくかという配慮が表面に出てこない社会になりそうだ」とみんなが心配したことはあると思います。

 政府が弱者のためにセーフティネットを用意するのは大事です。しかしそうかといって、大金持ちの子どもも、貧乏人の子どももみんな高校授業料の無償化をするというのは、所得再分配効果としてはものすごく不能率ですよね。そういうことはやめていかないといけないんじゃないかと思います。そういう意味で、竹中先生はあんなにいいことをやっているのに、どうしてみんながついていかないのかというのが僕にも疑問です。自分の思うことを真理として述べられるために、そうなってしまうのかもしれませんが。

――もし火星人が突然日本に来たら、安倍総理や麻生太郎副総理を見て、「バカかウソつきでないか」と言うのではないかと思います。なぜなら、彼らは日銀をバッシングして民主党を倒したわけです。一方、3年前に民主党は官僚をバッシングして政権をとったわけですが、その結果はみんな分かっているわけです。さらに数年前には、安倍さんや麻生さん、福田康夫さんがトップだったわけですが、当時は「OECD諸国の中で最も無能なリーダーだ」とみんなで笑っていたわけです。どうしてこういう人たちがより良い政策を実行できると思うのでしょうか。

浜田 確かに振り返ってみるといろんなミスがあったかもしれませんが、各政治家はその時正しいことをやろうとしていたと思っていたと私は思います。そして少なくとも安倍首相について言えることなのですが、彼はずっと続けて日銀を批判してきたわけです。そういう意味ではこれは大変評価できることではないかと思います。麻生さんについてですが、私が経済社会総合研究所の所長を務めた時、そのトップは麻生さんでした。2カ月くらいだったのですが、元上司を批判するのはちょっとつらいところではあります。

 私は政治家が日銀をバッシングしたのは悪くはなく、長い間、間違った政策を実行していた日銀をそのまま放置していたことが良くなかったと思います。質問者の方は日銀の政策は正しいと思っているようですが、私は日銀の政策は間違っているものだったと思っています。

 政治家が今まで怠っていたことは、間違った日銀の仮説を信じてしまったことにあります。日銀が「こういうことをすると、こういうことになりますよ」と脅しのような仮説をずっと言い続けてきたわけです。一時的には財務省もそういうことをしていたと思います。またさらに誰のせいかというと、多くの日本のメディアの方々、また外国のメディアの方々も加わりましたが、このような今までの金融政策が正しいと言っていたので、これも責任を持つべきではないかと思います。

 重要なことは、多くの政治家は本当の実質経済のメカニズムを深く理解しようとしなかったということ、つまり日銀にすべて任せてしまったということです。

 例え話ですが、ある人が「お腹が痛い」と思って医者に行ったとします。これは日本の経済においては、デフレ状態としましょう。胃が痛いのでお腹の病気じゃないかと疑うわけですし、日本人も経済が何かおかしいのでこのデフレ状態は何かお金に関する問題ではないかと思うわけです。しかし医者が「これはお腹の病気ではない。循環器系の病気だから違う医局に行ってください」と言っているようなことです。それと同じように日銀は「これは金融政策の問題ではないので、財務省とかほかのところに原因がある」、あるいは民間セクターに「構造的にイノベーションをもたらせるような政策を考えてください」と言ったわけです。

 つまり日銀は正しい薬を持っていたのですが、その正しい薬を出さなかったというわけです。そしてまたこういう金融に関するツールを独占していたというのが大きな問題ではないかと思います。

――具体的に安倍首相にどのようにアドバイスされているのですか。また政治が専門ではないという話がありましたが、専門家と話していると、中国との関係が経済に大きな影響を与えると言っています。そういう観点からすると、安倍首相の政策は必ずしも日本のためではないのではないかということですが、どう思いますか。

浜田宏一著『アメリカは日本経済の復活を知っている』

浜田 私は常に安倍首相のアドバイザーを務めているわけではありません。私は『アメリカは日本経済の復活を知っている』の構成に入った時に、安倍氏から電話でいろいろ質問を受けました。その時に非常に恐縮したため、すべて言いたいことを言えなかったので、私の考えをこうして本などでまとめようと思ったわけです。今は大変素晴らしいアドバイザーが首相の周りにいるので、そういう方たちや安倍首相から何か質問があればまた助言していくつもりです。

 私が特別参与に任命された時、友人や親戚などから手紙をいただきました。その中で「私は安倍首相の外交に関する考え、憲法改正に関する考えが非常に嫌いなのですが、なぜ参与というポジションを受けたのですか」と聞かれました。私は今は金融政策に自分の仕事を限定しようと考えています。

 日本が今、直面している金融の課題はたくさんあります。その中には非常に多くのものがあって、その中に例えば国際貿易なども入っています。しかし、私はポリティカルサイエンスの分野ではまったくの素人です。ただ一つ言えることは、私は現実主義者でもあります。例えば、日本が米国より上回らないといけないとか、何があっても平和憲法にしがみつかないといけないとかではなく、現実的な目で物事を考えたいと思っています。私はゲーム理論をずっと研究していたので、そういう意味でも非常に現実的ではないかと思います。

 もちろん外交や政治経済という分野では、1つの国の動きが他の国にも大きな影響を与えるということはよく分かっています。例えば、親米政策を日本が実行することになると、中国を始めとした国々が非常に不安になるかもしれませんし、その逆も言えるのではないかと思います。

 しかし、私は先ほども申し上げましたように、国のリーダーというものは1つの原則にしがみつくということではなく、どのように国民を守るのか、国民の福祉を守れるのかということを一番に考えるべきではないかと思います。今は非常に多角的な世界になってきているので、これは簡単に答えが出ないというのも良く分かります。

 私は今までのように金融マターに特化するつもりですが、今後、ほかの政治的なアドバイザーにもお会いする機会が増えるのではないかと思うので、それを非常に楽しみにしています。つまり私は外交について首相にアドバイスするつもりはないのですが、違う分野について勉強できることをとても楽しみにしています。

――今回の刺激策ですが、基本的には建設業界を支援するような刺激策だと考えています。しかしこれは昔からある、そんなに支援が必要でない業界ではないかと思います。刺激策はもっと未来に目を向けるものではないか、違う新しい分野に刺激策を導入すべきではないかと思うのですが。

浜田 まったく同感です。日本だけでなく、私は今ボストン郊外のニューイングランド地域に住んでいるのですが、長い冬が終わって雪が解けると、多くの建設工事が始まります。「本当に全部が必要な工事なのかな」と時々思うのですが、どの国でもこのようなことがあると思います。やはり構造改革が必要だと私も思います。

――1月21日から日銀の金融政策決定会合がありますが、どのような政策をするべきだと思いますか。例えば、無制限の国債買い入れなどの金融緩和を続けるべきだと思いますか。あるいは現在行っている資産買い入れ基金は2013年末までとなっているのですが、期限を撤廃すべきだと思いますか。また、2%のインフレターゲット(物価上昇率の目標)について、具体的にこの時期までという具体的な期日を設けるべきだと思いますか。

浜田 大きな質問なので、答えるのは難しいです。ただ1つ申し上げられることは、私は無期限という言葉は嫌いです。いつかはインフレーションの圧力が入ってくるかもしれないので、その時にはちゃんと対処しないといけないと思います。デフレ状態が続いているなら、今のような金融緩和政策は続けるべきだと思いますが、それは患者を見ながら最終的に決めないといけないと思います。

 さらにもう1つ申し上げたいことは、いろんな政策は重要なのですが、重要なことは日銀の行動に対して、どのようなインセンティブが日銀側にあるかを考えないといけないと思います。つまり日銀は今まで推進してきた政策を持続させたいという気持ちがありますし、もしかしたら利害を守ろうという力が働いているかもしれません。つまり、今の法的枠組みをそのまま残すということでいいますと、例えば1月21日からの金融政策決定会合でかなり合理的な政策が決まったとしても、そのような政策が今後も続けられる保証がないわけです。つまり今後、メンバーが変わることもあるわけです。

 なので、組織としてしょうがないのですが、基本的には日銀が一番好むような抑制的な政策を続けられるような状況を設けることが、とても重要だと思います。つまり、日銀改正法をさらに改正するべきだと思っています。今の日銀法では日銀は目標も立てるのも自分の裁量権で決められますし、目標を果たすために、どのようなツールを使うのかも決められるわけです。

 医者に例えると、日銀は薬を選ぶだけではなく、こういう状態が一番いいというのを患者の意見も聞かずに決めているような状況になっています。ですので、そういう判断にはどうしてもバイアスがかかってしまうので、是正しないといけないと思います。

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