プラスの10を狙ったらマイナスの10がついてくる――苦と楽の対称性(1/2 ページ)

» 2013年02月22日 08時00分 公開
[村山昇,INSIGHT NOW!]
INSIGHT NOW!

著者プロフィール:村山昇(むらやま・のぼる)

キャリア・ポートレート コンサルティング代表。企業・団体の従業員・職員を対象に「プロフェッショナルシップ研修」(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)を行う。「キャリアの自画像(ポートレート)」を描くマネジメントツールや「レゴブロック」を用いたゲーム研修、就労観の傾向性診断「キャリアMQ」をコア商品とする。プロ論・キャリア論を教えるのではなく、「働くこと・仕事の本質」を理解させ、腹底にジーンと効くプログラムを志向している。


 強烈な個性を発し続けるミュージシャン、矢沢永吉さんが糸井重里さんとの対談で次のように語っていました。

矢沢:いいことも、わるいことも、あるよ。昔、僕が言ったこと、覚えてる? 「プラスの2を狙ったら、マイナスの2が背中合わせについてくる。プラスの5を狙ったら、マイナスの5がついてくる。プラスを狙わないなら、マイナスもこない。ゼロだ」って。で、どうしますか?って、神様が言うんだよ。俺は、若さがあったから言えたんだよ。「えい。くそ、一度の人生、オレは10狙ってやる!」ってね。そしたら、間違いなかったね、10の敵が来たよ。

糸井:表裏がセットなんだね。

矢沢:セットなんだから、いろんなことが足引っ張るんだよ。めんどくせーわけよ! 10の夢を見たら、案の定、10の面倒くさいことがきたよ。だけどさ、面倒くさいからとか、いやだとかで一歩も動きません、ゼロでいいです、というのは悲しい話でね。(中略)じーっとしとけば、叩かれることもなかったんだよ。ところが、じーっとできないじゃん(『新装版ほぼ日の就職論「はたらきたい」』より)

 夢と面倒くさいことはセットである。夢の大きさに比例して面倒くさいことが付いてくる。あの矢沢節でこのことを言われたなら、強力な説得力をもって腹にズドンとくるでしょう。

 生きる上で、働く上で、いつでも、喜びは苦労と対になっている。だから、本当の苦労を経なければ、本当の喜びを味わうことはできない。そこそこの苦労から得られるものは、そこそこの喜びでしかない。その点を、フランスの哲学者アランは次のように言い表します。

 「登山家は、自分自身の力を発揮して、それを自分に証明する。この高級な喜びが雪景色をいっそう美しいものにする。だが、名高い山頂まで電車で運ばれた人は、この登山家と同じ太陽を見ることはできない」──アラン『幸福論』

 また、詩人、加島祥造さんの言葉はこうです。

 「高い山の美しさは深い谷がつくる」──加島祥造『LIFE』

 苦と楽は対称性を成し、その幅は体験の厚みとなり、人間の厚み、仕事の厚み、人生の厚みを作っていく。ドストエフスキーがなぜあれだけの重厚な小説を書き残せたのか。それは彼の死刑囚としての牢獄体験や持病のてんかんなど、暗く深い陰の部分が、押し出され隆起して至高の頂を作ったからでしょう。キリスト教にせよ仏教にせよ、なぜ、いまだに多くの人に連綿と信じ継がれているのか。それは、イエスや釈迦の悲しみが深く大きいために、愛や慈しみもまた深く大きいと人々が感じるからではないでしょうか。

 昨今、文学にしても、絵画、映画にしても、作品が小粒になったと言われます。それは豊かで穏やかな社会が苦を和らげるために、表現者の厚みをなくさせていることが1つの理由にあるのかもしれません。

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