“当事者目線”のルポは続く――「あれから2年」を前に必読の書籍相場英雄の時事日想(1/3 ページ)

» 2013年03月07日 08時00分 公開
[相場英雄,Business Media 誠]

相場英雄(あいば・ひでお)氏のプロフィール

1967年新潟県生まれ。1989年時事通信社入社、経済速報メディアの編集に携わったあと、1995年から日銀金融記者クラブで外為、金利、デリバティブ問題などを担当。その後兜記者クラブで外資系金融機関、株式市況を担当。2005年、『デフォルト(債務不履行)』(角川文庫)で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞、作家デビュー。2006年末に同社退社、執筆活動に。著書に『震える牛』(小学館)、『偽計 みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎』(双葉社)、『鋼の綻び』(徳間書店)、『血の轍』(幻冬舎)などのほか、漫画原作『フラグマン』(小学館ビッグコミックオリジナル増刊)連載。ブログ:「相場英雄の酩酊日記」、Twitterアカウント:@aibahideo


河北新報の寺島英弥編集委員の最新刊『東日本大震災 希望の種をまく人びと』(明石書店)

 まもなく3月11日がくる。改めて指摘するまでもないが、東日本大震災から2年が経過するのだ。東北の沿岸被災地以外では、あの日以降起こった災禍の記憶が着実に薄れている。先に当欄でノンフィクション作家・石井光太氏の新作『津波の墓標』(徳間書店)を紹介した。

 今回は、被災地仙台の地元紙・河北新報の寺島英弥編集委員の最新刊『東日本大震災 希望の種をまく人びと』(明石書店)を取り上げる。同編集委員は震災発生直後から紙面やブログを通じて被災地の現状をつづってきた人物。最新刊では、あれから2年を前にした被災者たちの心理や生活の機微を、あくまで当事者目線でつづっている。慰霊祭や復興の一場面を切り取っただけの記事やテレビの特集が急増する前に、同書を強く推す次第だ。

小津映画のような“筆致”

 本題に触れる前、しばし脱線することをお許しいただきたい。読者の多くが映画監督の小津安二郎氏をご存じのはず。『東京物語』や『秋刀魚の味』に代表される名画を数多く世に送り出した名監督だ。

 今から10年ほど前、私がサラリーマン記者だったころ、会社に内緒で漫画原作の修業をしていた時期があった。当時、某青年漫画誌の副編集長にこんなことを聞かれた。

 「小津と黒澤、どっちが好きだ?」

 黒澤とは、『七人の侍』や『天国と地獄』などで知られる黒澤明監督のこと。当時の私は、即座に「黒澤!」と答えた。大半の作品を見ていた上、なによりもエンターテインメント性の強さが私の好みだった。一方、一般人の日常を淡々と映し出す小津作品がどうにも好きではなかった。だが、副編集長はこんなことを言った。

 「俺は小津映画のほうが好きだ。黒澤作品にはたくさんのヒーローが出てくるが、小津作品のキャラクターは全員が一般人で、どこにでもいる人だから」

 私が首を傾げると、こんな答えが返ってきた。

 「ごくごく普通の人が、ラスト近くのシーンでしゃれにならないほど重い言葉を告げたり、心中を吐露する場面が小津作品の特徴。ヒーローに気の利いたセリフを言わせるのは簡単だが、キレのあるセリフを一般人のキャラクターに言わせるのは本当に難しい。小津の真価はそこにある」

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