マンガやアニメと並んで、日本が世界に誇るコンテンツ産業と言われるゲーム。しかし、CESA(コンピュータエンターテインメント協会)の調査によると、2012年の国内家庭用ゲーム市場規模はソフト・ハード合わせて5019億円と、5年前の水準(7114億円)より大きく縮小している。
2011年以降、任天堂がニンテンドー3DSやWii U、SCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)がPS Vita(PlayStation Vita)といった新型ハードを発売しているが、少子化やスマートフォンの広まりなどもあり、いずれもそれ以前の市場を制した機種ほどの成功はまだ収めていない。
こうした状況下、SCEは2月28日にPS Vitaの価格を最大1万円値下げする反転攻勢をスタート。そして、ハードの普及にはソフトの充実が欠かせないが、反転攻勢のキラータイトルの1つとしてアピールされているソフトが3月7日に発売された『ソウル・サクリファイス』である。1人や友達と共闘するなどして魔法でモンスターを倒すという内容のゲームだが、TSUTAYAの週間ゲーム売上ランキング(3月4〜10日)では1位になるなど、出足は好調なようだ。
『ソウル・サクリファイス』を手掛けているのは、カプコンで『ロックマン』や『バイオハザード』シリーズなどを世界中でヒットに導き、現在、独立して株式会社comceptのCEOを務める稲船敬二氏。ソーシャルゲームの広まりでゲーム業界の形も変わりつつある中、業界の重鎮はどのような思いでものづくりに携わっているのか。『ソウル・サクリファイス』の発売日に稲船氏に尋ねた。
株式会社comcept CEO/コンセプター。1965年、大阪生まれ。1987年、株式会社カプコンに入社。『ロックマン』『バイオハザード2』『鬼武者』『ロストプラネット』『デッドライジング』といったヒットゲームシリーズを手掛ける。マネジメントとしても『モンスターハンター』シリーズなどに関わる。2010年11月にカプコンを退社、同年12月に株式会社comceptを設立し、代表取締役に就任。
――今日が『ソウル・サクリファイス』の発売日ということで、まず率直な感想をうかがわせてください。
稲船 僕は25年ゲームを作っているので、数多くの発売日を迎えた経験を持っているのですが、その中でも特別な感じのする、すごく一体感のある発売日ですね。
結構、バラバラなのが多いんです。開発側は盛り上がっているけど、販売側は市場が厳しくてうまくいっていないとか。販売側は頑張って売っていこうとしていても、開発側がギスギスしていたりとか。ゲームって全部が全部うまくいくわけではなくて、すごく苦しい中で生み出していくので、ギスギスしたりして、なかなかすべてが合致することはないんです。
でも、本当に珍しい形で(発売元の)SCE、そして制作サイドの僕らcomceptやマーベラスAQLが1つのチームとして、発売日という目標に向かって突き進んでいっているのが感じられる、理想的な発売日を迎えたなというところです。当然、時の運があるので、理想的に進んでもヒットする、ヒットしないということはあるのですが、やるだけのことはすべてやっていて、ヒットする要素は全部そこに含まれているというところまで来れた発売日だと実感しています。
いろんな人から「発売日おめでとうございます」と言われます。SCEのゲームなので、僕らが言わないといけないのですが、SCEの方からも言われます。あまり「発売日おめでとうございます」という言葉は聞かないんですよ。「とうとう発売日ですね」くらいは聞くかもしれないですが。それだけみんなおめでたいと思っているくらいの着地ができているということで、25年やっていて初めてじゃないですかね。社内でもそうで、朝来たらみんなから「おめでとうございます」と言われて、結婚式当日みたいですね(笑)。
――ユーザーの反応をどのようにご覧になっていますか。
稲船 一番直接リアルタイムに自分たちが触れ合えるのはネットユーザーなのですが、Webは完全新作とは思えない盛り上がりをしている状態ですね。大ヒットタイトルならそれなりにネタがありますが、新作だとよく分からないので、発売して面白いとなってから盛り上がるわけです。ところが体験版を出したことも功を奏して、日本中のゲーマーが盛り上がっているゲームになっていると思います。
――内容に入る前に稲船さんの名刺を見るとコンセプターという珍しい肩書きになっているのですが、これはどういう役割なのですか。
稲船 僕が考えた職業です。ゲーム業界では僕らが始めたころ、ディレクターやプロデューサーという概念もなかったんです。ゲーム開発者の中に企画を担当している人がいるとか、デザインを担当している人がいるとかしかなかった中で、ソニーがゲームに進出してきて、プロデューサーやディレクターという肩書きができてきたんです。ゲームという枠ではなく、エンタテインメントという枠にするようにソニーが仕掛けたみたいなところがありました。
それは本来、テレビや映画の制作で使われていた肩書きをあてはめただけで、違う肩書きを付けても良かったんです。分かりやすいからそういう当てはめ方をしたところがあったのですが、僕はゲームを作っていてすごく違和感があったんです。
例えば、プロデューサーは何をするかという定義があいまいなんです。ゲームプロデューサーでも、ゲームを考えている人もいれば、いない人もいます。ディレクターでも、主となってゲームを考えていく人もいれば、もともと考えていたものを人をまとめて作っていくだけという人もいます。
その中で僕がプロデューサーですと言うと、ちょっと違うなと。僕がやるべきことはプロデューサーの一部を担っているかもしれないし、ディレクターの一部も担っているかもしれない。コンセプトを考えて、それを最後まで貫き通すということが一番しっくりきます。
「俺、こんなゲームを考えたんだ。作って」という人は世の中にいっぱいいるんです。ただ、「これ作ろうぜ」といったことを最後までブレずに貫き通すことは、ほとんどの人ができないんです。作る側も自分たちのやりたいことがあるので、バトンを渡していなくなると「勝手に変えちゃおうぜ」となるし、お金がないからこうしちゃおうとか、時間がないからこうしちゃおうとかになりがちなんです。
でも、そこでコンセプトを貫き通して、ディレクターやプロデューサーの力を最大限に引きのばして、彼らのやりたいことと自分のやりたいことを混ぜ合わせて、よりコンセプトをふくらませていくのが僕の考えるコンセプターという仕事です。日本でそれをやれているのは僕だけなので、僕しかコンセプターとは名乗っていないです。それができるなら、どんどんコンセプターと名乗ってほしいですね。
――今後、増えてきそうですか。
稲船 増えないでしょうね(笑)。僕が目指していることはオンリーワンの仕事なので、みんなはやらないんじゃないですか。なぜスティーブ・ジョブズがあんなにみんなから愛されたのかというと、IT業界に経営者はいっぱいいますが、彼の経営は他と違っていたからですよね。僕は本気でそれを目指しているので、ほかの人にも目指してほしいですが、今は僕しかできないし、多分、僕が死ぬまでは僕だけじゃないですか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング