PS Vitaを『ソウル・サクリファイス』は“救済”できるか――稲船敬二氏インタビュー(3/4 ページ)

» 2013年03月13日 11時00分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]

海外で売るには言葉や文化とはある種関係ない部分が大事

――『ソウル・サクリファイス』は日本だけではなく、海外でも発売する予定ですが、どのくらいの比率で売れるイメージを持っていますか。

稲船 今、アジアの反応がすごくいいですね。PSPの時まではコピー問題などがあって、アジアでどのくらい売れているのか分かりませんでした。今、PS Vitaにはその問題がないので、割と直接的に売れる印象があります。香港や台湾でもすごく売れているところがあるので、そういう意味でいくと、今までターゲットにしづらかったアジア、それと当然ターゲットにしている米国、欧州というところで、日本で半分、海外で半分売りたいと思っています。

 でも、ハンティングアクションは日本をターゲットにしてヒットしているジャンルなので、まず日本で広げて、海外に「流行っているらしい」という噂を出したいです。そうすると、海外でも遊んでみたいというユーザーが出てきます。遊んでみて「すごい日本的じゃん」と思うのか、「俺たちもいける」と思うのかというところで、「俺たちもいける」という要素をいっぱい盛り込んでいるつもりなので、総販売本数の半分は海外でとれるんじゃないかと、希望を含めて思っています。

――海外で売るための作り方の違いや、マーケティングの違いはありますか。

稲船 海外でもなじみやすい世界観にしているのは確かですね。まず入ってもらわないといけない時に、魅力的な世界観でないと海外の人は入ってこないので。そして入ってもらってから、派手なアクションとかいろんなものを見せていく。海外の人は、地味にコツコツやるだけの作業ゲームみたいなのがあんまり好きじゃないんです。今までのハンティングアクションはそういうとらえられ方をしていたので、地味にコツコツをやらないといけないんだけど、地味に見えないコツコツさみたいなところも盛り込んでいるので、海外受けする部分はしっかり入れています。

 マーケティング的には、それをどうユーザーに伝えていけるかというのは海外販社でもあるSCEの力がどこまであるかというところにかかってくるとは思います(笑)。でも、スタッフの反応が良いので、すごく力を入れてくれるんじゃないかと思っています。

――『ソウル・サクリファイス』のディストピアな世界観は、むしろ海外のゲームによくあるような感じがしたのですが。

稲船 ワールドワイドで見た時、日本と海外両方が一番良いと思える世界観だと思っています。(日本で受ける)アニメ視点と、(海外で受ける)ダークファンタジー視点を両方組み込んでいるので、どこから見ても、「これは魅力的だな」と思える世界観で作り込んだつもりです。キャラクターデザインも海外とやりとりしながら作っていて、僕たちが提示するものに対して海外は「いいね」と言ってくれていました。海外を無視しながらやるんじゃなくて、海外の売る側も「これはいいね」と思ったものを売っていきたいということです。

――最近出版されたゲーム史についての新書で、言語や文化の違いで物語性に凝ったゲームは海外では売れないんじゃないかというようなことが書いてありました。そのあたりはいかがですか。

『ロード・オブ・ザ・リング』

稲船 海外のとらえ方を日本人が分析すると、すごく表面的なことをとらえるんですよ。例えば、グロテスクにすれば売れるんでしょとか、首飛ばせば売れるんでしょと、血まみれにすれば売れるんでしょとか、ゾンビ出せば売れるんでしょとか。全然分かっていないですよね。そこじゃないんですよ。

 海外の文化が違うから、言葉が違うからということではなくて、その中身がどう見られるかなんです。言葉や文化とはある種関係ない部分が大事で、表面的な部分をこねくりまわしても売れるものは作れないと僕は思っています。だから、すごく感覚を重視して、やらせてもらっています。

 世界観をある種サルまねして「『ロード・オブ・ザ・リング』みたいな世界観を作りました、だから受けるでしょ」とやるから、「世界観に凝るとダメなんじゃないですか」となってしまうんです。その世界観の奥に何があるのか、何を見せたいのか、何を伝えたいのかという部分が抜け落ちているんですね。それは日本とか海外とか関係ないところですよね。そこが分かっていない世界で売ったことのない人が言ってほしくないですね。僕はずっと世界で売ってきたので、そこは自信を持っています。

comceptプロデューサー 『ソウル・サクリファイス』の世界観とシナリオは、海外で日本以上に評価されていますね。特に欧州はグロい世界という部分ではなくて、その中にある「俺たちはヒーローになれるんだ」というヒーロー性の部分にすごく共鳴していました。生贄になることで悲しいという世界観の中でのヒーロー性というものがすごく評価されていて、シナリオなどの世界観からパッケージイラストに至るまで、海外の方が強く欲しがりましたね。

 日本ではSCEの中でマルチプレイアクションという売り方をしたいというのがあったので、それはそれでいいと思うのですが、海外は違いましたね。

――先ほどダウンロードのお話があったのですが、ゲームのマーケティングでは今、何がきくようになっているのでしょうか。発売日前日から当日にかけてニコニコ生放送もされていましたが。

稲船 押しつけのマーケティングから、相手の反応を見るマーケティングになっているのは確かですよね。その時に単純にこれも表面的に相手の反応をみればいいということだけではなくて、本当に正直なぶつかりみたいなものをしないといけません。

 ユーザーが賢くなっているという言い方はちょっと違うのですが、ユーザーがある意味、何か知った風になってしまっているじゃないですか。「このゲームいいよ」という声があっても、「結局ステマでしょ」という声が出てしまうところを考えると、やっぱり心でぶつかっていくマーケティングが重要だなと。「デジタル時代だからこそアナログを大事にするんだ」という部分が、マーケティングにも必要だと思っています。

 『ソウル・サクリファイス』は発売日前日だけではなく、ずっとニコニコ生放送をしていたのですが、それは単にニコニコ生放送をしているからいいのではなくて、自分たちが見せたいものをぶつけて、それに対して正直にかえってくるもの、ある種計算できないものと勝負しているみたいなところがあって、その部分が評価されていると思いますし、このマーケティングに対して手ごたえも感じていますね。『ソウル・サクリファイス』というマルチハンティングアクションだからこそ、できるマーケティングなのかもしれないですけど、すごく手ごたえを感じるマーケティグができています。

 当然、通常通りのテレビCMや車内吊り広告などを、SCEの力でハイブリッドで展開しています。ネットユーザーと一般のギャップもあるので、そのギャップを埋める意味でもしっかりとしたハイブリッドなマーケティングになっているのではないでしょうか。

――体験版を昨年12月という早い時期に配信しましたが、その狙いを教えてください。

稲船 これも表面的に「体験版やればいいじゃん」と言う人がいるのですが、体験版は表裏一体の部分があって、やって全部プラスになるかといえばそうではなくて、半分はマイナスですよね。体験版やって「ダメだ」と言われたら、もうどんなCMを打っても無理ですよ。特にPS Vitaはプレイステーション2のように普及しきったハードではないんです。ということは、あるゲームが面白いか、面白くないかということに一番反応しやすいコアユーザーがお客さんというわけです。ここで「面白くない」という評判が流れたら、何をやっても絶対売れないです。だから、実は賭けなんですよ。

 「『ソウル・サクリファイス』の体験版がうまくいったから、うちもやれよ」と言う経営者がいるかもしれないですが、やったらまずいソフトもあるんです。だから、本当に自信を持って出さないといけないんです。それでいて、今回は体験版でのユーザーの意見を取り入れて、さらに面白くしますと宣言しました。それも中途半端な体験版を出して、みんなで面白くしていこうという形ではなくて、100点のものを出して、さらに面白くしますという形なので、自信がないといけないですね。それを『ソウル・サクリファイス』はできたんです。

 それは自分たちとしてはうまく作ってこれたという自信があったからやれたことで、自信がなかった時には違う方法でマーケティングしないといけないですね。だから、体験版で惜しみなくボリュームも出したのは自信の表れで、面白さを十分に味わってもらって、体験版でハマってもらおうというくらいの気持ちでやれたのが良かったです。

comeceptプロデューサー 現場で体験版を作る時に良かったと思うのが、稲船が全員に「体験版を発売日だと思え」と言ったんです。普通は体験版は並走して作るんです。本編を作っている途中に、何人かが片手間で作るという。そうではなくて、全員に「体験版が発売日だから、発売日は12月、3月はそれをとり込んでのアップデートだから、気持ちをそこに持っていけ」と言ったんです。それが良かったですね。みんな本気で体験版を作りました。

 普通、制作が完全に終わった時に、「終わったー」という気持ちになるのはありますが、体験版の時にはそういう気持ちにはならないものです。「何か出たね」みたいな。

 その結果、PS Vitaの体験版のダウンロード数の記録を早々に塗り替えたと、SCEからも聞いています。

――最近、ユーザーによるゲーム配信が盛んになっています。メーカー側からはネタばれになったり、好き勝手に文句を言われたりするからやってほしくないという声がある一方、宣伝になるからいいじゃないかという声もあるのですが、どのようにお考えですか。

稲船 楽しいと思うことは個々が好きにやればいいんじゃないですか。それも含めてエンターテインメントですから。

 ユーザーはユーザーで偏った見方をすると思うのですが、それを見る側も、ちゃんと分かった見方をしてくれると思うので、今の時代にそれを否定するのはナンセンスだと思いますね。それが嫌なんだったら送り手は良いものを作りなさいというだけですね。変に言われたくないなら、良いものを作りなさいと。

――配信以外でも、『ロックマン』をテーマにした「エアーマンが倒せない」の動画がすごく見られたりしていますよね。

稲船 やっぱりネットとゲームというものが、すごく親和性高いんじゃないですか。

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