クリミア半島を“制圧”するロシアに欧米が強く出られないワケ藤田正美の時事日想

» 2014年03月12日 07時30分 公開
[藤田正美,Business Media 誠]

著者プロフィール:藤田正美

「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”


 大統領が追放される政変で始まったウクライナ危機。政変に続いて、ロシアが黒海の重要地域であるクリミア半島の“制圧”に乗り出し、欧米が強く非難するという構図のまま、奇妙に落ち着いている。米国は制裁を発動したが、その内容は個人の資産凍結やビザ発給禁止など、ごく限られたものだ。EUも米国に追随して制裁を発動するが、加盟国の中にも温度差があるだけに、強硬的な姿勢で臨むわけにもいかない。

 経済上の問題も大きい。政治危機に瀕しているウクライナだが、経済の危機も抱えているからだ。ロシア寄りのヤヌコビッチ大統領が、EUよりもロシアからの融資150億ドルに頼ったのは、それが理由である。報道によると、ウクライナが最近発行した国債の金利は15%だった。そして通貨フリヴニャは、ここ1カ月でほぼ20%も対ドルで安くなった。外貨建ての債務が多いだけに、通貨の値下がりは債務の増加につながる。

 ウクライナの暫定政府は、今後2年間で350億ドルの資金が必要だと発表したという。もし、この資金が用意できなければウクライナはデフォルトということになるが、そうなればEUも面倒を見切れまい。ロシアは親ロシア政権でない限りは資金の面倒はみないし、軍事技術でつながりがある中国も、それだけ巨額の資金になれば簡単に調達できない。

photo ロシアが領土にしたいと考えるクリミア半島は、ウクライナの東側にある。住民の約6割がロシア系だ

 経済的な重荷が欧米の対応に足かせになる一方で、ロシアの“野心”は固い。ウクライナ、とりわけ東側およびクリミア半島を影響下に置きたいのだ。それはロシアの安全保障にとって、西側との「緩衝地帯」として必要ということだ。プーチン大統領にとっては悲願とも言える。2012年に大統領に就任したプーチン氏は、最長2024年まで大統領の座にある。その間にソ連時代の栄光を取り戻せば、まさに中興の祖として歴史に名が残る。

 ロシアが栄光の復活に向けて、固い意志で行動している以上、欧米がそれをひっくり返すのは容易ではない。いかに米国のシェール革命で、中東からLNGが欧州に来ているとはいえ、欧州がロシアに依存しているエネルギーの割合は高い。一気にそれを中東産に転換するのは難しいし、中東依存度があまりに高くなるのも安全保障上問題がある。

クリミア帰属の流れにウクライナはどう動く?

 ロシアと欧米の綱引きの中で、3月16日にはクリミア自治共和国をロシアに帰属させるべきかどうかの住民投票が行われる。ロシア系住民が6割を占めるし、すでにクリミアの議会はロシア帰属を決定しているため、住民投票の結果はほぼ決まったようなものだ。この動きを受け、ウクライナ暫定政府はどうするのか。

 まず、クリミア自治共和国を軍隊で制圧することはない。ウクライナ軍自体がそれほど強力な軍隊ではないし、欧米の軍事的支援なしにロシア軍と対峙するのは無理だ。そして欧米は、ロシア軍がウクライナ国民を大量に殺害したということでもない限りは、軍事的な介入は行えない。

 そもそもクリミアは自治共和国なのだから、その帰属は住民の意思によるとしてしまえば、欧米の面子もそう傷つくことなく、事態を収められるかもしれない。ただその場合は第一言語がロシア語の住民が多いウクライナ東部が、一気にロシアに傾く可能性もなくはない。そうなれば、ウクライナは完全に分裂してしまう。

 とはいえ、そこまで事態が進むには長い時間がかかるし、軍事衝突がないとはいえ、緊張は高まるだろう。長期にわたってそうした状況が続けば、ウクライナのデフォルトは避けられず、世界経済は相応のショックを受けることになる。そのときに最も大きな打撃を受けるのはもちろん欧州だ。

 東欧州の地図が今後どのように塗り変わるのか、そしてその代償は何か。日本はそこをしっかりと見極める必要がある。その上で、平和条約や北方領土返還をどのタイミングでロシアと交渉するか考えなくてはならない。安倍政権の対ロ外交は一段と難しい状況になっているのだ。

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