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» 2014年05月23日 08時00分 UPDATE

杉山淳一の時事日想:「お召し列車」の運行告知は、日本の平和を知らせている (3/4)

[杉山淳一,Business Media 誠]

わたらせ渓谷鐵道は、国鉄時代「足尾線」と呼ばれた

 わたらせ渓谷鐵道がお召し列車の運行を告知した背景は、利用者への親切心だけではない。喜びの反映とも言える。「わたらせ渓谷鐵道」と聞いただけでは理解できない人も、この鉄道会社がかつて「国鉄足尾線」だったと聞けば納得できるはずだ。

photo わたらせ渓谷鐵道のWebサイト

 足尾線は明治時代に実業家の出資によって建設された。目的は足尾銅山からの鉱石輸送だった。後に国が借り上げ、大正時代に国有化された。1973年に足尾銅山が閉山すると収支は悪化し、国鉄改革によって廃止対象となる。そこで群馬県など地元自治体が引き受けて、第三セクターの「わたらせ渓谷鐵道」となった。

 「明治時代」「足尾線」「天皇陛下」というキーワードで、「田中正造」や「足尾鉱毒事件」が浮かび上がる。

 1901年(明治34年)12月、栃木県出身の元帝国議会議員田中正造が、足尾銅山の鉱毒被害を明治天皇に直訴し失敗した。この事件によって「足尾鉱毒事件」は広く知れ渡った。事件は昭和以降も語り継がれた。私の世代は小学校の社会科の教科書で知った人も多いと思う。

 鉄道ファンにとって、足尾線は鉄道紀行作家宮脇俊三氏のデビュー作『時刻表2万キロ』で「国鉄全線完乗を遂げた路線」として知られている。本書の中で宮脇氏も足尾鉱毒事件に触れている。渡良瀬川の水が意外ときれいで、鮎が釣れるかとタクシーの運転手に訊ねる。しかし運転手は、魚は棲まない、もし釣れても食べたらたいへんだ、と返している。これが1970年代後半の話だ。

photo 終点の間藤は宮脇俊三が国鉄全線踏破を達成した駅(2003年撮影)

 それから40年。巨額を投じた植林事業など各方面の努力によって、足尾の自然は再生に向かっている。国土交通省渡良瀬川河川事務所が2009年に調査したところ、足尾線沿の上流域にはイワナ、ヤマメ、ニジマス、中流域はアユが多いという。近年はむしろ、ブラックバスやブルーギルなどの外来魚による生態系破壊が問題になり、他の流域と同じ悩みを抱えた川になったようだ。

 報道によると、陛下は「破壊された自然が再生した様子を見たい」とのこと。わたらせ渓谷鐵道、旧国鉄足尾線の沿線に住む人々にとって、このたびの行幸啓は「ご旅行にいらした」「静養にいらした」よりも格段に意義深い。

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