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» 2014年06月06日 07時00分 公開

上司は隣の部署の社員も評価しなければいけない――なぜそんなことを?上阪徹が探る、リクルートのリアル(2/5 ページ)

[上阪徹,Business Media 誠]

営業成績がよかった理由

リクルートホールディングス経営企画室長の今村健一氏

 今村氏が入社したのは1999年。卒業した東京大学工学部では、船舶海洋学を学んだ。いわゆる文系就職を目指し、さまざまな業界を受けたというが、リクルートはかなり印象に残ったらしい。

 「入社3年目の人たちの、学生から見たときのレベル感がかなり高かったんです。自分を主語に語る人が多かった。自分はこんなふうにしたい、顧客をこう変えたい……。よくリクルートで言う“当事者意識”が若いころからしっかりあって、それが成長につながっているんだな、と感じました」

 出身地の福岡を盛り上げたい、と地域活性の仕事に興味を持ち、リクルートを選ぶ。だが、官公庁や行政を相手にした仕事は新人配属には難しかったのだろう。近からず遠からず、というべきか、当時は紙媒体しかなかった『じゃらん』に配属された。首都圏の旅行会社に広告掲載の提案をする営業。最初は新規開拓から始まった。

 「他の事業部のような飛び込み訪問の研修はなかったんですが、逆に辛かったのは、ターゲット企業が旅行会社に限られていることでした。ほとんど先輩たちが開拓し尽くしていますから、そう簡単に新規の取引先は見つけられなかった」

 次第に足は郊外に延びていく。最初の受注は神奈川県で地元向けに営業している小さな旅行会社だった。以後、顧客は引き継ぎなどで少しずつ増えていく。

 「基本は、いかにツアーを組成してプライシングするか、なんです。そこで、どこまで提案やアドバイスができるか。プライシングの相場だったり、人気のあるホテルだったり、3行くらいのフリーコメント欄にも、近くにこんなレストランがありますよ、というちょっとした情報を掲載したり。それだけで、効果は変わったりする。やがて、自分でツアーが提案できるようになって、『申し込みの電話がけっこう鳴ったよ』なんて聞くと、うれしくて空港まで見に行っちゃったりしていました(笑)」

 営業成績はよかったが、それには理由があった。そのときだけ、その月だけ、という商談ではなく、1年後、3年後を見据えた提案を行っていたからだ。

 「中小のお客さまが多かったですから、一緒に夢や目標を追いかけたかったんです。3年後にこれくらいの会社にしていきましょう、ということになれば当然、今やらなければいけないことが出てきます。沖縄のツアーしかやっていない会社に、北海道のツアーを提案したり、アルバイトの採用の相談に乗ったり。そうすると自然に受注も増えていきました」

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