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» 2014年06月27日 08時00分 公開

リクルートの最年少役員は何を考え、どんな仕事をしてきたのか上阪徹が探る、リクルートのリアル(2/6 ページ)

[上阪徹,Business Media 誠]

いきなり出向

グローバル本部グローバルオンラインHR担当の出木場久征氏

 「僕は鹿児島出身で、父親が瓦屋をやっていたんです。小学校のときから手伝いをさせられていたので、おそらく(リクルート本社のある)丸の内周辺では、僕が一番上手に瓦を葺(ふ)けるサラリーマンだと思いますよ(笑)。でも、家は裕福ではなかったかもしれませんね。焼肉を初めて食べたのは、中学のときでした。あれは、本当にうまかった(笑)」

 1999年に早稲田大学を卒業している。リクルート入社の経緯も、なんとも型破りだったようである。

 「国際商取引を学んでいたので、将来のイメージは“世界を股にかけて”“アフリカや中東で商談”みたいなイメージなわけです。そこでいくと、リクルートって、女の子に人気の会社のイメージだったんですよね。ところが、ほとんど活動が終わった7月に、たまたま家に冊子が届いていたのを見つけまして」

 すでに他社からの内定は持っていたが、冊子に書かれていた「あなたは自分のしたいことを自分で決めてきましたか?」という言葉がどうしても気になった。人事に連絡をして、無理を言って一度会ってもらうことにした。もうほとんど就活は終わっている時期。しかも、何の会社かよく分かっていない。ところが、連絡して訪問してみると、とんとん拍子で面接が進み、内定が出てしまった。

 「いきなり内定ですから。これはすごい会社だと思いました。もともと3年くらいで辞めて起業しようと思っていたので、『一番キツイところに配属してください』と言いました」

 だが入社後、配属に驚く。同期の行き先は部門名。なのになぜか、自分の行き先には名称の前に「株式会社」が付いていた。カーセンサーの営業専属代理店への出向だった。

 「いきなり最初の週から八王子・多摩エリアを与えられて、『飛び込み営業してこい』と。これはキツかった。同期がもう1人いたんですが、すぐに辞めてしまいました」

 この出向先で5年を過ごす。3年を営業で、2年を営業企画で。

 「できるだけ効率的にやることをいつも考えていました。例えば、クライアントのところに訪問するだけではなく、ファックスと電話やメールを駆使していかに売り上げを上げるか」

 ヒントは、売れる営業の先輩にあった。クルマの販売店に行くと、そのお店が伸びるかどうかをすぐに見抜く。理由は車種だった。カスタマーに人気の車種を、よく知っていたのだ。

 「どうしてパッと見て分かるんですか、と聞いたら、『お前も10年やってれば分かる』と言われて。でも、僕は10年もかかるのは嫌だな、と思ったわけです。それで目を付けたのが、インターネットでした」

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