トヨタの燃料電池自動車「MIRAI」の登場で、ガソリンエンジン車はなくなる?池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2015年02月06日 08時00分 公開
[池田直渡Business Media 誠]

(1)移動体としてのEVの特性

 電気モーターには、ガソリンエンジンにはない長所がある。それは、停止状態からの加速に強いことだ。モーターはその特性として通電して回り始める瞬間に最も力が出る。そして人力でクルマを押したことがある人なら分かる通り、力を一番必要とするのは最初のひと転がりだ。

 モーターはそうしたシチュエーションで最大トルクを発生するため、クルマの発進時の動力源として素晴らしい適性がある。一般論としてEVは発進から力強く、力の出方がタイトかつリニアで気持ちいい。さらに最も騒音が出やすい発進時に静かだ。

 一方、ガソリンエンジンはここがとても苦手である。慣れない人がマニュアルミッションのクルマに乗るとエンストさせてしまうのは、ガソリンエンジンが低速でトルクを出すことが苦手だからだ。しかも発進時はうるさい。

 ではモーターの欠点は? と言えば、あまり高回転が得意ではないところ。高回転域を得意とするガソリンエンジンと比べると、分が悪くなる。しかも連続で高回転を続けると発熱し、故障のリスクが高くなる。

 「MIRAIは連続高回転で運転するようなクルマではない」と言う人もいるかもしれない。しかし、今後仮に燃料電池車を普及させようとするならば、既存の動力システムと比較して短所だと言われるだろう。だからこそハイブリッド車は、モーターとガソリンエンジンが互いの長所短所を補完できる点を高く評価されてきたわけだ。

 こうした特性を全体的に見てみると、MIRAIはのんびりした市街地走行や、ゆったりめの定速巡航に向いており、アクセルペダルを大きく踏み込むような使い方には向かないということになる。もちろん、こういう特性を良い悪いと言うつもりはない。特性を分かった上でユーザーが選ぶべきことだからだ。

(2)発電機としての燃料電池の特性

 では、充電システムはどうか。ご存じの通り、燃料電池とは水素を化学反応させて電気を取り出す仕組みだ。化学反応はあまり爆発的には起こしたくない。特に効率を考えればできるだけチョロチョロとゆっくり反応を起こし、かつあまり反応速度を変えずに、一定のペースを維持することが望ましい。

 つまりモーターと同じく、発電も一瞬でピークに達するような高出力を苦手とする性格になっている。トヨタのWebサイトで図解入りの解説がされているが、発進時と加速時には燃料電池で発電した電力に加え、バッテリーからの電力も使う。同じ図に発進と加速以外を「通常走行」として、この時は燃料電池からの電力だけで走れると書いている。

MIRAIは、駆動用バッテリー、FCスタックを使い分け、時には併用して走行する(出典:トヨタ自動車)

 しかしこれを読んで「ふーん。普段は燃料電池だけで走れるんだ」と思うのはお人よし。燃料電池の発電でまかなえるのは「発進と加速以外」、つまり定速走行の時だけだ。それも国土交通省が定めるJC08モードの上限、80km/h以上のことに触れる必要はないから、そういう速度で巡航した場合と見ていい。

 つまり燃料電池の発電キャパシティはそのくらいが上限だとみて間違いないだろう。これも「そんなことができるんだ」と思うか、「それしかできないんだ」と思うかはユーザー次第。何しろMIRAIには、競合車として比較する相手がいないのだから。

 MIRAIの場合、他のクルマと無理に比べるとおかしなことになってしまう。車体に対するシステムの占有容量が大きいからボディ外寸が大きい。全長4890mm、全幅1815mm、全高1535mmというサイズだけみれば立派なDセグメント級だ※。にも関わらず、乗車定員は4人ということになっている。Dセグメントとしてみたらユーティリティが足りなすぎる。むしろ実用的なユーティリティ面で見ればCセグメントになるだろう。ならばとCセグメントのクルマと比べてみると、重量的に常識を外れ過ぎる。MIRAIの車両重量は1850kg。カローラ・アクシオ(1.5Lガソリン車)は1080kg。このクラスで特別重いプリウスですら1310kg。これらと比べたら重いとしか言いようがないが、何とどう比べるのが適正なのかは決めようがないからだ。

※セグメントについてはこちらを参照。

 重量の話になったので触れておくと、燃料電池もバッテリーも、本来の特性から考えれば据え置き型で使った方が特徴を生かせる。燃料電池なら、じっくりトロトロと化学反応を日がな一日行い、それを大容量バッテリーに貯め込んで、バッテリーからもそのキャパシティに対してゆっくりと使う。こういう使い方だとシステムへの負荷が減り、効率も上がる。

 据え置きで設置するものなら、多少大きかったり重かったりしても、大した問題ではない。しかし、クルマの様な移動体に燃料電池やバッテリーを積む場合、余分な重量は効率ダウンに直結する。そのために余力のあるシステム構築ができないのである。消費エネルギー効率のために小さく軽くしたいというニーズと、発電蓄電のために大きく重くしたいというニーズが相いれないのだ。

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