黒い白鳥が教えてくれる人生哲学:現役東大生・森田徹の今週も“かしこいフリ”(2/2 ページ)
『ブラック・スワン』というタイトルの本が話題になっていることをご存じだろうか。「長年の経験則が1つの例外でくつがえされてしまう」という内容なのだが、そこから見出せる人生哲学とは何なのか。
意外と通用しない我々の経験則
我々は日常生活においても、科学的なアプローチにおいても、しばしば滅多に起こらないことが結果に与える効果を無視しようとする。
例えば計量経済では、前処理としてしばしば異常値を取り除いてから計算し、計算式でも小さな変数を取り除いたりする。そうでないと経済モデルの説明度が下がってしまうし、異常値が異常値である理由も考えなくてはならないからだ(それでは論文提出の期限に間に合わない!)。
科学の世界でさえ、物事は“普通のこと”にある程度純化された上で考えられ、“普通の時”にあまり目立たない要素は省かれる。大数の法則※が成り立たないような日常生活でも、我々は普遍性を持ち込み、シンプルなモデルを勝手にでっち上げて、黒い白鳥の存在を忘れてしまうのは仕方がないのかもしれない(筆者の悪い癖でもある)。
いや、何も筆者は「経験則が役に立たない」とか、そういう諦観(ていかん)を披露したいわけではない。むしろ逆だ。黒い白鳥が、ポジティブな意味でやってきて“運命の女神”になることだってあり得ると言いたいのだ。「自分には●●ができない」「どうせ●●をやってもいいことはない」といった消極性は、我々の狭量な経験則から生まれるもの(行動経済学的には「アンカリング効果」。心理学的には「学習性無力感」と言ったりする)、「それが将来も続く」とあきらめるのは早すぎる。
黒い白鳥、運命の女神、あるいは千載一遇のチャンス……名前は何でもいいが、そういったものは確実に存在するし、それは「普通ではない」「不確実すぎて予測不可能なところから」「常識的な確率分布で考えれば無視される程度の確率の世界から」やってくるものなのだ。問題は、黒い白鳥が狭量な経験則から紡がれたモデルにおける確率論を超えてやってきた時に、適切な対応をする心構えができているかという話である。
物事は、後から見れば全て予定調和的だ。しかし、振り返ってみて良い境遇に恵まれなかったからと言って、今後もそれが延々続くという帰納的な論理に何ら妥当性はない。いつ何時でも、閉塞感に支配されるには、我々の経験は浅すぎる。そう、すべてをあきらめるのはまだ早すぎるのだ(逆に、今まで良い境遇に恵まれたからといって、これからも続くとは言えないということにもなるのだが)。
……純粋な読書感想文として、「確率論で語られる物事は純化されすぎているか、あるいは語り切れていない。それなら、もっと分からないことを楽しめるようにしよう」と感じただけなのだが、それを言葉にしようとするとなかなか難しい。やはり、自己啓発的な文章の論調は、狭い楽観的な経験則で彩るに限るということだろうか。ところで、S書房さん、東大生に自己啓発本書かせようとしてもこの程度なんですけど、大丈夫なんですかね?
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