世界経済における中国の位置付けが変わりつつある:藤田正美の時事日想
2013年4月の工作機械受注額は12カ月連続で前年割れで、特に中国向けが58%減という数字を示した。中国製造業の競争力は明らかに落ちており、「世界の工場」としてはピークを過ぎたのだ。
著者プロフィール:藤田正美
「ニューズウィーク日本版」元編集長。東京大学経済学部卒業後、「週刊東洋経済」の記者・編集者として14年間の経験を積む。1985年に「よりグローバルな視点」を求めて「ニューズウィーク日本版」創刊プロジェクトに参加。1994年〜2000年に同誌編集長、2001年〜2004年3月に同誌編集主幹を勤める。2004年4月からはフリーランスとして、インターネットを中心にコラムを執筆するほか、テレビにコメンテーターとして出演。ブログ「藤田正美の世の中まるごと“Observer”」
先週、気になるニュースがあった。2013年4月の工作機械受注額が前年同月比23.6%減の約820億円(参照リンク)にとどまったというニュースだ。これで12カ月連続の前年割れ。2012年の年間受注額が3年ぶりにマイナスになったが、今年は回復という期待が大きかったのに、今のところ厳しい状況が続いている。
言うまでもなく工作機械の受注額は景気の動向を示すものだ。企業の設備投資が活発なら受注は増えるし、そうでなければ減る。4月の受注動向を見ると、日本経済が置かれている状況が大きく変化しつつあるのが見えるように思える。
受注の7割弱は外需が占めており、なかでも中国の動向が大きく影響している。4月の数字では、その中国向けが58%減、とくに電機・精密向けでは約8割減と報じられている。もちろんここには「尖閣問題」という極めて政治的な問題が存在する。それに伴って、日本企業から設備を買わないという「政治的判断」がある。その意味ではやがて戻るということも言えるが、中国を取り巻く状況が構造的に変わってきているということも言えるだろう。
今年の一つの注目点は、中国が成長軌道に戻るかどうかというところにあった。そこに世界も注目していた。しかし、回復への期待は徐々に萎んでいるというのが現状だろう。2013年の成長率目標は7.5%だ。この数字自体は2012年と大きく変わるものではない。
しかし実際には、欧州危機の影響を受けた昨年とは違って、今年は内需主導でも7.5%という目標達成できると踏んでいたはずだ。まして指導部の交代があっただけに、手堅い目標を設定することが胡錦濤前主席にとっては重要だった。ところが、ひょっとするとこの「堅実な目標」すら達成できないかもしれないという懸念が広がっているのである。
その一つの徴候が5月23日に発表された英金融機関HSBCの中国製造業購買担当者指数(PMI)だ。この指数は好況と判断している購買担当者の数と、不況と判断している担当者の数の割合を示している。つまり50を越えれば、好況と考えている担当者が多いから、全体に景気がいいというわけだが、5月はそれが49.6と7カ月ぶりに50を割った(この数字を受けて日本の株価は暴落した)。
世界経済における中国の位置付けが変わりつつあるということかもしれない。中国商務省が発表した2013年1月から4月にかけての世界から中国への直接投資は、前年同期比で1.2%どまりだった。全体的には持ち直しの方向にあるとはいえ、元が高くなっていることや人件費が上昇している(過去3年間で60%以上上昇したという報道もある)ことで、中国製造業の競争力は明らかに落ちてきた。つまり「世界の工場」としてはピークを過ぎたということになるだろう。
いま急速にミャンマーへの関心が高まっている。自民党政権が発足して以来、すぐに麻生副総理が訪問し、先週末には安倍首相も経済界のリーダー40人を引率して訪問した。英エコノミスト誌最新号では、14ページに及ぶミャンマー特集を掲載している。
道路や電力などインフラの整備はまだまだ遅れているだけに、ミャンマーがすぐに中国に取って代わることはない。それでも人口6000万人のフロンティアのもつ意味は大きい。それに米オバマ大統領が「お墨付き」を与えたように、何と言っても軍政自身が民主化へ舵を切ったことで、政治の安定が望めるようになった(中国との関係を深めていたミャンマーが、民主化と同時に、中国以外の国との関係を重視するようになったという背景もある)。
ミャンマーに代表されるように、アジアの発展はいまASEANにシフトしつつある。そして日本では「中国離れ」が加速しているようにも見える。安倍首相は「寛容と謙虚」と言い、日本側のドアはいつもオープンであるとしながらも、対中関係改善に具体的な手を打とうとしているようには見えない。小泉首相のときは「政冷経熱」と言われたが、今は少し大げさだが「政冷経冷」かもしれない。
しかし中国は何と言っても人口が13億人もいる国、やがては米国を抜いて世界最大の経済大国になる国でもある。成熟した経済大国である日本は、中国との関係を抜きに成長戦略を語ることはできないと言ってもいいほどだと思う。安倍首相が「尖閣問題」という日中間に刺さった「大きすぎるトゲ」をどう処理することができるか、世界も見守っている。
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