中国からの「撤退ブーム」が教えるもの
「脱中国」の動きが盛んだ。きっかけは反日デモと暴動だが、本質的には中国が手軽に儲かる生産地ではなくなったからである。それは労働者の権利を無視することで成り立っていたビジネスの構造が変質したということでもある。
著者プロフィール:日沖博道(ひおき・ひろみち)
パスファインダーズ社長。25年にわたる戦略・業務・ITコンサルティングの経験と実績を基に「空回りしない」業務改革/IT改革を支援。アビームコンサルティング、日本ユニシス、アーサー・D・リトル、松下電送出身。一橋大学経済学部卒。日本工業大学 専門職大学院(MOTコース)客員教授(2008年〜)。今季講座:「ビジネスモデル開発とリエンジニアリング」。
中国に進出していた中小メーカーの撤退が密かな「ブーム」の様相を呈している。ついこの間まで中国進出を煽っていたコンサルティング会社が主催する「撤退セミナー」が日系企業向けに盛況らしい(同業ながら何とも商魂たくましいと感心する)。
かくいう小生も以前は中国進出をお手伝いすることもあったが、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件とその後の反日感情のあり様、中国政府のえげつないやり口(レアアース禁輸など)を見て、「もう中国は日本企業にとって安全な場所ではない」と痛感し、それ以降は東南アジアを代替案としてすすめるようにしてきた。
今現在、中国からの撤退を検討している中小企業の多くはメーカーである。彼らが真剣に「脱・中国」を考えるようになったきっかけは間違いなく2012年の尖閣諸島国有化に伴う反日デモ・暴動であり、日系保険会社の「暴動特約」の新規引き受け見合わせ方針や最近の大気汚染なども彼らの不安や嫌気を後押ししている。しかし本質的理由は中国で利益を上げにくくなってきたからだ。
元々中国に進出してきた中小企業メーカーの大半は、安い人件費にひかれて日本から工場を移設してきた。ところが中国での人件費が高騰を続けた結果、採算ぎりぎりになっているケースが多い。当初認められた税金などの優遇措置はすでになくなり、しかも2008年の労働契約法の施行で、一定の条件を満たすと事実上の終身雇用が義務付けられるなど、労働者の権利が大幅に認められるようになった。
春節で帰省したまま帰らない労働者を補うために募集を掛けるのに、さらに給与条件を上げないと集まらない。そしてその条件は数日もせずにほぼ全員に知れ渡るので、玉突き的に他の従業員の給与を上げざるを得ない。
中小メーカーは「これ以上人件費を上げたら利益がなくなる」と考え、大手日系メーカーからの発注量が減っていることをこれ幸いに少しずつ縮小モードに入っていたところに、反日デモの嵐が襲ったのである。一挙に嫌気が差したのも当然であろう。
しかし冷静に考えると、要は彼ら、日系中小メーカーが当てにしていたのは「労働者の権利が無視されていた」状態の中国であり(これで「共産主義」と謳っていたのだから、悪いジョークだ)、それが労働契約法の施行や労組活動、それに労働者同士のコミュニケーション手段の向上などによって労働者が権利意識に目覚めため、利益が上がらなくなったということである。元々歪んだ事業構造だったというと、彼らに酷だろうか。
中国からの撤退は思ったほど簡単ではないとも聞く。撤退時の労働者に対する経済補償金は高騰を続けているし、合弁パートナーには手放す株式の対価を買い叩かれる。「退くも地獄、留まるも地獄」の様相を呈しているようだ。
彼らが今、目指しているのは東南アジアである。確かに中国に比べ東南アジアの新興国ではまだ人件費は安いが、法律やインフラの整備はかなり遅れている。その肝心の人件費はどんどん上昇中である。そしてタイをはじめ各国政府は、人口ボーナスが続くうちに中間層を膨らませるために賃金上昇を促す方向に政策の舵を切ったと考えてよい。
こうした状況を考えると、安い労働力だけを求めてさ迷う中小メーカーの行く末が思いやられる。いずれどんな新興国でも労働者は権利意識に目覚め、賃金は上がる。当面はカンボジア、バングラデシュ、ミャンマーを目指すのだろうが、その先はどうするのだろう。流民のごとくどんどん僻地に移るつもりなのだろうか。(日沖博道)
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