自分の持ち味を磨くことに徹する――完璧になる必要はない:勝者のための鉄則55(1/2 ページ)
イチローは、20年以上、ヒットを打つことだけに専念し、ホームランなどの余計な欲を持たなかったから、あれだけの大記録を達成できたのだ。自分の素質はどこにあり、何が優れているのか。何を捨て、何に徹するか。それを見きわめることが重要なのだ。
集中連載「勝者のための鉄則55」について
本連載は張本勲著、書籍『プロフェッショナル 勝者のための鉄則55』(日之出出版)から一部抜粋、編集しています。
プロ野球の世界で「一流」と呼ばれるのは、「自分の本当の素質」を追究し、その素質に“正しい方法"で磨きをかけた選手たちを指します。「それは一般社会でも同じだ」と、著者は語ります。
ではどうしたら、「自分の素質」に気付き開花させることができるのか、真のプロフェッショナルとして認められるのか。
王貞治氏、長嶋茂雄氏の「ON」と肩を並べる球界の重鎮が、すべてのビジネスパーソンとプロ野球ファンへ向けて、「ハリモト流☆成功思考、行動、ハウツー」を、熱いメッセージとして贈る一冊です。
イチローは「振り子打法」をやめなかったのが正解
松井秀喜が変わる勇気をなかなか持てなかったと言うのなら、イチローはどうなのだ、変わる勇気どころか、彼は自分のスタイルをけっして曲げようとしなかったじゃないか、と思う読者もいるだろう。確かにイチローは「振り子打法」をけっしてやめようとしなかったし、当時のオリックス・バファローズの土井正三監督から二軍に落とされてもかたくなに守り続けた。私が監督でも、土井監督と同じようにしたかもしれない。上体を投手のほうへスライドさせながら打つ「振り子打法」は、打者の視線が大きく動くため、バッティングの常識からしたら考えられない打ち方だからだ。バッティングの専門家が100人いたら、99人はこう言うのではないだろうか。「あれはダメだ。直したほうがいい」と。
だが、イチロー本人とコーチの河村健一郎だけは違った。なぜか。それは、イチローにとって、あの打ち方がもっともタイミングが取りやすく、打ちやすかったからだ。もともとバッティングにおけるタイミングの取り方というのは、教えてできるものじゃない。本人の独特なリズム感で打つものだ。イチローは、ああやってピッチャーの方向に動きながら打つほうがタイミングを取りやすいのだ。加えて彼は、おそろしく動体視力も良かった。動くボールを、動きながら捉えられるのだから。これは普通の選手が真似できるものではない。だから、一般論としては不利な打ち方でも、イチローには合った打ち方なのだ。そのことは、何より結果が証明している。
自分の素質をどこまで生かし切っているか
じゃあ、松井の場合はどうなのか。確かに右足を上げたほうが本人は打ちやすいかもしれない。だが何度も言うように、彼の場合、右足の上下動が頭の上下動につながるという致命的な欠陥があったのだ。私がどれだけしつこく言っても、その癖は直らなかった。それ以外の素質、タイミングの取り方、スタンス、遠くへ飛ばす能力、どれをとってもピカイチだった。だから、頭の上下動さえ少なくできれば、バッターとしてとてつもない成績を残す可能性があった。その素質を見抜いていたからこそ、長嶋さんも私も「すり足打法」に変えようとしたのだ。
イチローの場合は変えないのが正解で、松井の場合は変えなければいけなかった。では、その違いはどこにあるのか。それは、「自分の素質をどこまで生かし切っているか」だ。イチローはどんなに難しいボールでもバットに当てる能力に優れ、打球を左右思ったところに転がし、足の速さを生かして安打にすることができる。その素質は、日本だけじゃなく、メジャーも含めてピカイチだった。だから、10年連続200安打という世界記録、また史上3人目の4000安打という大記録を達成できたのだ。
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