なぜ甘い? 映画やドラマの鉄道考証──蒸気機関車C62形「129号機」のナゾ:杉山淳一の時事日想(2/5 ページ)
映画やドラマの「鉄道考証」は、なぜズサンなのだろうか。制作側にも諸事情ありそうだし、駅や列車の場面は重要ではないかもしれないが、鉄道ファンには気になる。でも見方を変えると、そのズサンなところに資料的な価値が見つかったりもする。やっぱり映画は面白い。
映像作品における伝統的な鉄道考証の甘さ
映画やドラマ、とくに歴史を扱う作品は「時代考証」に細心の注意を払う。その一方で、鉄道の場面についてはかなりいいかげんだ。登場人物が列車に乗る場面は、単なる「移動」を表現する手段である。ドラマの本筋とは関係ないし、列車場面に正確さを求めるための時間と予算もない。昭和時代は新幹線車両だってどれも同じに見えただろうし、特急電車も同じ。鉄道ファンでなければ、電車なんてどれも同じだったのだろう。
1970年代のブルートレインブームの頃、テレビ朝日系列で放送された連続ドラマ『鉄道公安官』では、「登場人物が乗った列車と降りた列車が違う」なんて場面が何度かあった。車両形式は同じでも、ヘッドマークが違う。明らかに鉄道ファン向けに作ったドラマでもこのありさまである。鉄道ファンにとってはイライラする。でも、一般視聴者は気付かないし、どうでもいいことのように扱われた。
制作者側にとっても、「鉄道の詳細までこだわれない」という事情はあるだろう。例えば蒸気機関車だ。戦前、戦後が舞台なら、旅行と言えば蒸気機関車が引っ張る列車を使う。蒸気機関車の場面は入れたい。しかし、当時と同じ列車はもう走っていない。そこで毎度おなじみの「大井川鐵道ロケ」となる。昭和後期に作られたドラマや映画では、東海道本線の特急も、東北本線の急行も、すべて大井川鐵道の小さな機関車と数両の旧型客車になってしまう。大井川鐵道は電化されているから、よく見ると架線も映り込んでいる。時代劇の作品に飛行機雲が映っていたら大問題だけど、鉄道に関しては「そこはツッコミを入れないお約束」であった。
この問題にきちんと取り組んだ映画もある。2005年公開の『ALWAYS 三丁目の夕日』だ。昭和30年代の再現に徹底的にこだわった作品。冒頭に東北本線の集団就職列車が登場し、上野駅に到着する。蒸気機関車は「C62形22号機」。実際に東北本線で活躍した機関車だ。この場面は、梅小路蒸気機関車館に保存されているC62形2号機を撮影し(関連リンク参照)、VFX技術で上野駅を合成している。2号機は東北本線を走っていなかったから、わざわざナンバープレートを22号機に付け替えたという。ロケの時間とVFXの予算があれば、大井川鐵道に頼らずとも、どんな時代の列車も正しく再現できると証明した。これは日本映画の鉄道シーンの革命と言っていい。
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