「iPhone 5」 ソフトバンクモバイル版の“中身”を分解して知る:バラして見ずにはいられない(2/2 ページ)
日本でも9月21日に発売され、ずっと品薄状態が続いている「iPhone 5」。その中身は、技術的にもかなり興味深い。機能を大きく強化しながら、より薄く、軽くなったiPhone 5の中身はどうなっているのか。
その他の部品
通信部については、iPhone 4Sより新しいiPadと似ている部分が多い。LTEを含む携帯電話網を使った通信はQualcomm RTR8600が担当する。通信用プロセッサ(ベースバンド処理)は同社のMDM9615である。iPhone 5のモデルが3タイプになる所以となったといわれるLTE用パワーアンプは、Avagoが2個、Skyworksが1個搭載されている。GSM用のパワーアンプはSkyworks製 SKY77352である。アンテナスイッチやフィルタ、無線LAN/Bluetooth混載モジュールは村田製作所製である。
モーションセンサー用ICはスイスのSTMicroelectornicsの加速度センサーとジャイロスコープが搭載されていた。地磁気センサーは、この分野で圧倒的なシェアを誇る旭化成のAKM8963を搭載している。タッチパネル制御ICはTexas Instruments製品とBroadcom製品の2個が搭載されている。
A6プロセッサは上にDRAMをPoP(パッケージ・オン・パッケージ)実装しており、今回調査した機種では、エルピーダメモリの1GバイトモバイルDRAMが使用されていた。この容量は新しいiPadと同じである。電源ICは2個搭載されており、通信用にはQualcomm製、プロセッサ用にはDialog Semiconductor製が採用されており、このコンビも新しいiPadと同じである。
「インセル」とは?
iPhone 5に搭載された新技術の1つが「インセル」方式のディスプレイユニットである。液晶パネルにタッチパネル部品を内蔵した点が特徴だ。この技術の利点は、部品の内蔵により部材の簡素化や薄型化が可能になったという点だ。従来の端末では、液晶パネルとタッチパネルは独立しており、タッチパネル機構は液晶ユニットの上に別部品として搭載され、それぞれがある程度の厚みを持っていた。
タッチパネルで人の指がタッチしたことを感知するのは、ITOと呼ばれる金属膜であり、電気を通すが透明という変わった特性がある。これをプラスチックパネルの下に配置する。指とはプラスチック1枚で隔てられているが、静電容量の変化を検出し、タッチが認識される。「インセル」方式では、この膜を液晶パネル内部に配置している。これにより、タッチパネルユニットを別に用意する必要がなくなり、その分だけ薄くなったと考えられる。
インセルには幾つかの方式があり、iPhone 5のようにタッチパネルを内蔵する方式、バックライト用LEDや液晶ディスプレイを構成するその他の部材を内蔵する方式など、さまざまな方法が考案されている。今後、便利機能の開発に併せ、多様なインセル方式が提案されるだろう。
熱対策は宿命
人間が酸素を吸って二酸化炭素を排出するのと同様、電子部品は電力を消費し、副産物として熱を発する。処理速度が速くなれば、それだけ熱の排出は大きくなり、熱問題は電子部品の宿命ともいえる。電子部品は熱に弱く、保護のためにさまざまな熱対策が存在するが、放熱用のファンを回すスペースも電力もないモバイル機器が採れる選択肢は少ない。iPhone 5では、炭素黒鉛(カーボン・グラファイト)シートが液晶パネル裏側の全面に貼付されていた。
自然に存在する物質で最も放熱効果が高いのはダイヤモンドであると言われている。同じ元素を使う炭素黒鉛シートは、最大の放熱効果を発揮するように分子配列を調整している。ペラペラであるが、銅箔やアルミニウムよりも段違いに放熱特性が優れていると言われており、薄型化が進むモバイル機器の熱対策部品として脚光を浴びている。部材としては比較的高額な部類に入り、今後の価格推移が注目される。
訴訟の裏側
AppleとSamsung電子との間で激烈な訴訟合戦が行われている点は報道の通りである。端末の形状などが争点になっているとされる。知的財産はこれまで企業の縁の下の力持ち的な存在でこそあれ、表舞台に立つことはあまりなかった。テレビ番組や新聞で特許が取り上げられる事も多くなり、知的財産を取り巻く環境は変わりつつある。
少し前までは、特許は企業間の知的財産部門の交渉材料であったが、いまや知的財産は事業を行う「通貨」となりつつあるといえる。特許は売買可能な商品となり、文字通り特許だけを買い取って、一方的にライセンス権を行使するパテントトロールと呼ばれる企業も米国を中心に勢力を伸ばしている。特許は製品とセットという概念は次第に薄れている。
AppleとSamsungは一連の係争の中で、相手が新手を繰り出すとすぐに自社も対抗特許をぶつけ、無効を主張する。これは両社が熱いバトルになりそうな分野で対抗可能な特許を十分に保有している事を内外に明らかにしており、第三者による不要な特許係争を未然に防止するという抑止効果もあるだろう。結局のところ、一連の出来事で勝つのはAppleとSamsungなのである。
しかしながら特許関連の訴訟では、斬新さではなく類似性が争点になる。大々的に報道される事で話題にはなるが、消費者としては類似性を競われても両者の優位性を理解しづらい状態である事も事実であり、消費者不在の論争とも言える。
これからどうなる?
iPhone 5の後継機には幾つかの変化が予想されている。その筆頭は複雑な筐体と中国での製造だ。中国の電気料金は世界的に高く、賃金も高騰している中で、これからも製造が続けられるかは不明だ。しかし数十本のネジを使う複雑な組み立てを人海戦術で大量にこなせるのは今のところ中国しかなく、このままの複雑さで中国で組み立て続けるのか、それともシンプルにして他の国で生産するのか、注目する識者は多い。ちなみにSamsungのGalaxy S IIIは、一部をベトナムで生産している。さまざまな資料によると、ベトナムの賃金は中国の3分の1程度である。
電子部品の統合も注目だ。複数のICを1個にまとめると、部材の共通化によるコスト削減や省スペース化が可能である。一方でICを統合すると、複数に分散させる場合よりも消費電力量が大きくなると言われている。iPhone 5に3つのモデルが存在する理由になったと言われるLTE関係の部品については、ワンチップ化すれば端末を1モデルに統合する事が可能で、Appleとしても大幅なコスト削減が可能だ。しかしワンチップ化のトレードオフとして消費電力が増え、バッテリーの稼働時間は短くなることも事実である。スマートフォンはただでさえバッテリーが速くカラになると言われており、この点を何とかしたいAppleにとっては悩ましいところだ。
iPhone 5に搭載される可能性が噂されていながら遂に搭載されなかった機能にNFC(近距離無線通信)がある。日本で普及しているおサイフケータイとも上位互換性を持つ次世代版の非接触IC技術だ。スマートフォンに決済機能を持たせる技術はすでに確立されているものの、日本以外の国ではあまり普及していないのが実情だ。NFCは赤外線通信と同様、端末同士でそれほど大きくないデータをやりとりする事も可能で、名刺交換(現在は無線LANなどネットワーク経由で認証を行うBUMPというアプリが有名)など、便利機能が追加されれば、次の世代のiPhoneに搭載されるかもしれない。
iPhone 5の発表には以前ほどの熱狂がなかったのは事実だ。素晴らしいスマートフォンである事は事実だが、もう一度人々を興奮のるつぼにいざなうために必要なのは、延長線上の新商品ではなく、斬新なニュータイプなのだろう。iPhoneにしか載っていないもの それがヒットの鍵になると思う。
著者プロフィール:柏尾南壮(かしお みなたけ)
タイ生まれのタイ育ちで自称「Made in Thailand」。1994年10月、フォーマルハウト・テクノ・ソリューションズを設立し、法人格は有していないが、フリーならではのフットワークの軽さで文系から理工系まで広い範囲の業務をこなす。顧客の多くは海外企業である。文系の代表作は1999年までに制作された劇場版「ルパン三世」各作品の英訳。iPhone 4の中身を解説した「iPhoneのすごい中身」も好評発売中。主力の理工系では、携帯電話機の分解調査や分析、移動体通信を利用したビジネスモデルの研究に携わる。通称「Sniper Patent」JP4729666の発明者。
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