世界の変化はいつもここから――WWDC 2015で見えた「ユーザー体験の高み」と「新たなエコシステムの芽生え」:神尾寿のMobile+Views(4/4 ページ)
2015年の「WWDC」のテーマとして掲げられたのは「The epicenter of change(変化の震源地)」という言葉だ。世界中のイノベーションとテクノロジーの「震源地」となったこの場所で、何が指し示されたのだろうか。
開発環境の強化で、エコシステムはさらに拡大する
ここでもうひとつ、一般ユーザーの視点からは少し外れるが、今回のWWDCで注目のトピックスに触れたいと思う。それは「アプリ開発環境」についてである。
やや専門的になるが、アプリを開発するにはプログラミング用の開発言語を用いる。Appleでは2014年それを一新し、新言語「Swift」を提供した。iOSとOS XはOS環境そのものの親和性が高くなっているが、Appleはアプリ開発環境でも共通化と統合を進めているのだ。
そして今回、AppleはOS Xのグラフィックス制御の仕組みとして、2014年iOSに導入した「Metal」を導入すると発表。これにより、これまでよりも高速なグラフィックス処理が可能になるほか、iOSとOS XのグラフィックスAPIの共通性が高くなり、ゲーム系アプリを筆頭にグラフィックスを多用するアプリの開発効率が向上することになる。
またSwiftも合わせてバージョンアップして「Swift 2」に進化。こちらは開発者から要望の多かった新機能を多数搭載したほか、最適化処理が進んでアプリ実効速度が最大6〜7.5倍ほど高速化が見込めるという。そして、さらに注目なのは、オープンソース化によって、Swift 2ではiOSとOS X、さらにLinux向けのソフトウェアも開発できるようになる。つまり、複数のOSプラットフォームをまたいだ製品向けにアプリを開発することができるようになるのだ。
Swift 2は機能強化が施されたうえにオープンソース化。OS XとiOSの共通開発環境だけでなく、Linux対応でIoT時代にも布石を打つ。
近ごろの新ビジネスのトレンドは、PCとスマートフォン/タブレットを軸にして、家電や自動車、はたまた住宅そのものまでIoTの傘を広げてアプリやサービスを開発すること。今回のSwift 2のオープンソース化は、開発者の選択肢を拡大し、Appleのエコシステムをそれらの領域まで拡大する可能性を秘めている。
新たな音楽体験を提供する「Apple MUSIC」
One more thing...
3つのOSの紹介が終わり、暗転したスクリーンにその文字が映し出される。歓声と万雷の拍手。Appleが今回のWWDC 2015で、“とっておき”にしておいた新サービスが発表された。それが「Apple MUSIC」である。6月30日から世界100カ国でスタートし、現時点では未発表ではあるが、日本でもサービス提供が行われる見込みだ。米国での価格は月々9.99ドル、家族6人で利用できるファミリープランは14.99ドル。
Apple MUSICは月額固定料金で音楽が聴き放題になるサブスクリプション型の音楽配信サービス。スウェーデン発で世界に広がった「Spotify」や、台湾・アジア地域で成長する「KKBOX」、先ごろ日本でスタートした「AWA」などと同様のサービスとなるが、Apple MUSICは“Appleの標準的な音楽サービス”として提供されるのが特徴だろう。iTunesストアのアカウントが追加契約でそのまま利用可能になるほか、iPhoneやiPadの基本機能として、「MUSIC」アプリに統合される。これにより、iTunes Storeで購入した曲やリッピング済みの曲に加えて、ストリーミング配信用の膨大な楽曲が聴けるようになる。
音楽を聴く体験をさらに魅力的なものにするため、さまざまな新機能も用意される。例えば「for You」機能では、好みのアーティストやジャンルを指定することで、おすすめの楽曲を自動でプレイリスト化。インターネットラジオ機能「Beats 1」では、人気DJがおすすめの楽曲を配信。また、アーティストがファンと交流するための「Connect」機能も用意される。
Apple MUSICは、ここまでの機能を見れば、Spotifyをはじめ先行サービスにキャッチアップした印象が強い。しかし、乱立するそれらサブスクリプション型音楽配信サービスの「いいとこどり」をし、iPhone/iPadのOSレベルに統合。従来からあるiTunesとも組み合わせることで、総合的な音楽サービスとして昇華しているところがポイントだろう。これまでサブスクリプション型音楽配信サービスは、どちらかといえば音楽マニア向けというものだったが、Apple MUSICによって一般ユーザー層にも手が届きやすいものになる意味は大きい。日本でのサービス開始も含めて注目である。
完成しつつある「Appleのトロイカ」
AppleはiOSでスマートフォン/タブレット市場を席巻し、その返す刀で、OS XをiOSと連携・統合することでPC市場のスマート化も着実に進めた。そしてApple WatchのwatchOSによって、ウェアラブル市場もApple流のモダンで洗練されたものにしようとしている。
それはiOS、OS X、watchOSという3頭の馬が、足並みをそろえてそりを引く「Appleのトロイカ」である。それぞれのOSがきちんと協調・連携することでユーザー体験を高みへと押し上げ、アプリの可能性を拡大し、ビジネスの活性化をしている。そしてここに新たなサービスとしてApple MUSICも加わり、音楽ビジネスも変革しようとしているのだ。
Appleによる、新たなエコシステムの芽生え――。WWDC 2015から感じたのは、まさにそれである。
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