まつもとあつしの「アニメノミライ」
「鬼滅の刃」無限城編の驚異的ヒットはなぜ起きた? 劇場への“熱狂”を生んだ、新たな方程式とは(1/2 ページ)
2025年夏、「劇場版『鬼滅の刃』無限城編」が公開からわずか4日間で興行収入73億円という驚異的な数字を記録し、その後も成績を伸ばし続けている。この記録は、国内の歴代興行収入1位である前作「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の初動3日間(46億円)を大幅に超えるものだ。しかし、この熱狂は配給・興行の関係者にとっても「想定外」であった可能性が、データからうかがえる。
映画ビジネスメディアBranc編集長の杉本穂高氏によるデータによれば(プレコグ調べ)、「無限城編」の公開初週の座席数シェアは55.8%。これは、同年公開の「名探偵コナン 隻眼の残像」(58.3%)を2.5ポイント下回る数字だ。この差は、杉本氏の分析によれば1劇場あたり1日に約2回上映回数が少ない計算となり、仮に満席近くになると考えれば興行収入にして数億円規模の機会損失に繋がりかねない、決して小さくない差である。
鬼滅と同じく東宝×アニプレックスが配給する「国宝」の想定外のロングヒット、つまり座席数シェアの確保が求められたとはいえ、国民的ヒットの続編としては、やや弱気な公開規模にも見える。
にもかかわらずこれほどのムーブメントが生まれたのか。その背景を紐解くと、旧来のヒットの方程式から脱却し、いま私たちを囲むメディア環境とファン心理を的確に捉えた戦略が見えてくる。
※本稿は、アニメ評論家の藤津亮太氏と筆者が運営するオンライン番「アニメの門 DUO」に杉本穂高氏を招いて行った対談を基に、再構成したものである。当日の模様は、以下のアーカイブ動画も参照されたい。
絶やされなかった「ヒットの種火」:ファンを繋ぎ止めた「ワールドツアー」
作品の展開が長期化する上で、ファンの「中だるみを防ぐ」ことは避けがたい課題だ。その点において、テレビアニメシリーズが果たしてきた役割は大きい。そしてそれを支えたのは他スタジオでは困難なペースで、高品質な映像をほぼ毎年供給し続けるufotableの安定した制作能力だ。
2019年のテレビアニメ第一期「竈門炭治郎 立志編」は、TOKYO MXやBS11を中心とした20局ネットで放送が開始された。社会現象の幕開けとなったこの放送の後、「無限列車編」や「遊郭編」のテレビアニメ版からは、放送体制が全国フジテレビ系列での独占放送へと移行した。これにより視聴可能なエリアは大きく広がったものの、「遊郭編」の放送時間は日曜23時台であり、依然として子供やファミリー層がリアルタイムで視聴するにはハードルが高い深夜帯であったことは否めない。
対照的に、海外では配信プラットフォームがファンベースの拡大を力強く支えた。日本では2019年のテレビアニメ放送開始直後から米Netflixでの配信が始まり、米国でも2021年1月には配信が開始されるなど、グローバルに視聴環境が整備されてきた。
このように、テレビ放送による国内での影響拡大には一定の限界が見られる一方で、より国内外のコアファンに働きかけ、熱狂の「種火」を残す上で巧みな一手となったのが、2度にわたる「ワールドツアー上映」であった。この上映は、「放送済みテレビシリーズの最終話」と「新作の第1話」を組み合わせるという、異例の形式だった。国内の興行成績だけを見れば「無限列車編」の約10分の1であり、限定的なヒットにも見える。しかし、この施策の真の価値は、ファンが年に一度集う「お祭りの場」を提供し、作品コンテンツへのエンゲージメント(接触)を世界規模で維持し続けた点にあると考えられる。
熱狂の着火点:メディアシフトが示した新たな可能性
コアとなるファンベース(種火)があったとしても、それを劇場動員という具体的な行動に繋げるには燃料が必要だ。かつて、その役割の中心を担ってきたのはテレビ局だったが、今回のヒットの背景には、明らかなメディアシフトが見て取れる。
総務省情報通信政策研究所の「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によれば、10代のYouTube利用率は97.7%にのぼり、小学生(6~9歳)においても90%以上が利用しているというデータがある。これはテレビの視聴傾向を大幅に超えており、若年層にとってYouTubeが生活に不可欠なプラットフォームとなっていることを示している。実際、筆者の知人のお子さん(8歳・小学生の女児)はこの夏休みにYouTubeで鬼滅の動画に数多く触れ、いちどは落ち着いていた鬼滅ブームが再燃したそうだ。
「鬼滅の刃」の公式映像を展開するアニプレックスのYouTubeチャンネルは、800万人を超えるチャンネル登録者数を誇る。ここで2025年8月に公開された「無限城編」の本予告は、わずか数週間で3000万回再生を突破。主要キャラクターに焦点を当てたプロモーションリールもそれぞれ数十~数百万回再生されている。
さらに強力な武器となったのがYouTube Shortsだ。ufotable制作のインパクトある映像は、一瞬でも視聴者の目を引く力があり、Shortsとの相性が抜群に良いと杉本氏は語る。数十秒の短い動画はアルゴリズムによって拡散されやすく、ファンの熱量を可視化し、新たなファンを呼び込む効果も期待できる。
深夜テレビアニメで近年顕著な「毎週の放送とその後のSNSによる拡散・共有」というヒットの方程式とは異なる動きがそこにはあった。筆者をはじめ、普段X(旧Twitter)やFacebookのようなテキスト型のSNSを中心に見ている層にとっては、今回の鬼滅を巡るムーブメントの高まりは視界にはいっておらず、ヒットに驚かされた背景にあると言えそうだ。(このことは最近の選挙でもYouTubeにおけるムーブメントが予測を超えるものになっている現象とも通じる)
テレビが機能しなくなったわけではない。幅広い層に作品の存在を知らせるという点では、依然として重要なメディアである。しかし、今回の無限城編における熱量の「着火点」となり、ファンを劇場へと向わせる直接的な動機を生み出したのは、テレビではなくYouTubeを中心としたデジタルプロモーションであった可能性が高い。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
まつもとあつしの「アニメノミライ」
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
くら寿司、「ちいかわ」コラボ中止 従業員による不正行為判明で
-
2
メルカリ、くら寿司ちいかわ騒動巡りコメント 出品削除・禁止の有無は
-
3
配布前の「ちいかわ」グッズがメルカリに? くら寿司コラボ第2弾、初日から“内部犯”の臆測呼ぶ 第1弾に続き
-
4
くら寿司、「ちいかわ」グッズ不正で「警察と相談、厳正に対処」 メルカリと連携も
-
5
103年前の関東大震災、どこがどれだけ揺れた? 市区町村別の「詳細震度」マップがXで話題に
-
6
醸造元に無許可でコラボ? 神田明神納涼祭りで販売された「VTuber日本酒」が物議 企画者は「事実関係確認中」
-
7
近くの“安いマック”が分かる「価格帯マップ」話題 スタバやコメダも対応 店舗の価格差、独自に調査
-
8
NEC、量子コンピュータの実機開発を中止か 実用化への課題重く 報道
-
9
東京23区で「徒歩10分以内」に駅がない地域はどこ? 駅空白地帯マップが話題
-
10
VTuberの名前を一発入力できる「VTuber変換辞書」で騒動 BOOTHで一時販売停止も復活 「当初の判断に誤り」
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR