小寺信良のIT大作戦
“責任年齢層”にとって最強の癒やし? 「異世界転生モノ」がウケる社会背景を考える(2/2 ページ)
社会で認められないのは誰か
こうした現実社会への失望は、2020年から3年ほど続いた世界的パンデミック時に、失業率の増加が引き金となり、世界中でほぼ同時に観測されるようになった。多く失業したのはおもに労働力としての中心層たる若者であり、失望感の中心も若者層になる。
中国では、21年頃から「寝そべり族」という若者が現れた。米CNNが報じたところによれば、「不動産危機に端を発した長期にわたる景気の低迷が、特に若者の間で消費者心理を冷え込ませ、消費を抑制し、失業率を押し上げ、将来の見通しを暗くしている」という。
寝そべり族は、少しの金で食事をし、ネットカフェで1日ゲームをして過ごし、夜が明けるころに眠る。この寝そべり族をさらに極端な形で省エネ化した状態を、「ネズミ人間」と呼ぶようだ。昼過ぎまで寝て、午後になっても布団から出ず、スマホでネットに没頭し、出前で食事を済ませる。1日中家から出ず、省エネ状態で生きる。
こうしたライフスタイルをさらしていた若者たちが、「有害である」として次々とアカウント停止になっている。
中国社会においては、疑問を持たずがむしゃらに働いて金を稼ぎ、結婚して子孫を残すことが最善の生き方とされている。しかし今の中国は、8月の16~24歳の失業率は18.9%(学生を除く)と、2年ぶりの高水準となった。多くの若者は、そもそも望む仕事に就けない、肉体労働をしていたら中産階級の生活を実現できないという格差社会の現実に、あえて競争から下りるという選択をしている。
日本においては「引きこもり」という問題があり、いじめや自己喪失などさまざまな要因があるとされているが、大きな要因は人間関係の構築の失敗である。一方中国では労働力となった時点で、社会システムに入れないという極端な失望が原因となっており、日本では見られないタイプの「引きこもり」問題だといえる。
日本において、社会的失望に端を発する異世界への逃避行動は、単純な「若者論」では済まされない。Catalyst Data Partnersの調査によれば、いわゆる異世界コミックの読者の平均年齢は46歳で、女性の方がやや高い傾向にあるという。つまり社会で認められないと感じているのは、若者層だけとは限らない。
特に日本は、慢性的人手不足と少子化社会により、若い人にとっては圧倒的な売り手市場が続いており、失望する要素が少ない。その代わりに社会の担い手としての中心層である30代から40代に、労働意欲を失わせた。自分たちのころよりも優遇されている新人を横目で見ながら、人生の全てを会社や今の社会に全振りするのは違うのではないか、という疑念を抱かせた。とはいえ、全てを投げ出してしまうほど無責任でもいられない。
じっくり異世界ゲームの世界に旅立ちたいが、それをやるほどヒマではない。タイパを考えれば、コミックやアニメを見ることで想像を膨らませる方が、理にかなっている。異世界転生を心の支えとしてその市場を支えているのは、競争から下りることが許されない「責任年齢層」の人たちである。
前段で、異世界転生のロジックと中世以前の宗教観との共通性を述べたが、現代の異世界転生ブームは、宗教的な枠組みを形成しない。宗教は同じことを信じる人たちの増大によって強大な力を持つが、異世界転生のファンは、1つの方向を向くという共通性がない。それぞれに抱えている事情が異なるからである。ある人の悩みは、自分の悩みに比べたら取るに足らないことであり、どうでもいいことだからだ。つまり一人一人がバラバラの、「システム信仰型自分信教」を持っているだけである。
一方でこうした孤立が、エスカレートする自分を誰も止めないという現象を引き起こす可能性がある。例えば現実社会と異世界を混同したり、あるいは現実社会と異世界が逆の認識になってしまうといったことだ。犯罪の理由として、「ここは自分の住む世界ではない」とか、「こちらは仮の世界なので」などと言い出すものが頻繁に現れたら、まずい傾向だ。
映像作品には、「この物語はフィクションであり~」とか、「光が点滅するシーンがあります」といった注意書きが表示されるものもある。こうした表示は、おもに子どもたちに対する配慮からくるものだ。だがこれからの異世界ものにおいては、「こちらはファンタジーの世界です。現実社会はそっちです」と言った大人向けの表示が必要になるかもしれない。
それはまあ冗談だが、何もかもが科学で解明されたような今日において、評価軸が分かりにくいルールや、テクノロジーが進みすぎて理解できないシステムが存在することは、神のいない、自分しか頼れるものがない社会にとっては、大きな問題である。それゆえに、全てを社会・国家の責任として投げ出してしまう人が増大する危険性がある。
21世紀の社会や国家は、多くの離脱者を生み出しても機能し続けることができるだろうか。AIによる社会支配は、単に労働を奪うといった話ではなく、こうした面からも考えてみると、また新しい発見がありそうだ。
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小寺信良のIT大作戦
ベテランのテクノロジーライターである小寺信良さんがIT分野全般にわたって考察する。
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