閉店セールに仁義はない:牧ノブユキの「ワークアラウンド」
原価率が高い家電は閉店セールでも「半額!」とはならない。が、販売店側は安価でいいから売り尽くしたい。そこで、熱い穴埋め交渉が繰り広げられるのだ!
家電量販店の閉店セールは「閉店商法」にあらず
あくまでも俗称であって正式なビジネス用語とは異なるが、「閉店商法」と呼ばれるビジネス手法がある。実際に店じまいするわけでもないのに「閉店セール」を行って客を呼び込み、通常とあまり差のない価格で商品を販売しながら、その後も営業を続けることを指す。
こうしたビジネスは、一部の業種でよく見かけるが、家電量販店が行う閉店セールは、そのほとんどが「文字通りの閉店」であることが多い。店舗改装の「閉店セール」もあるが、その場合も告知される。そうした意味では“クリーン”だ。
だが、「閉店セール=安い」という図式が100%成立するかというと、これは一概にいえない。家電量販店が閉店する場合、店頭にあった在庫は系列のほかの店舗に移動することも多い。ただ、最近ではほとんどのメーカー(もしくは販売代理店)が在庫数を厳格に管理しているので、系列といえどもほかの店舗に移動するのを嫌がる。また、移動しても売れない場合が多いので、メーカーは元の店舗にあるうちに「閉店セール」で売り切ろうとする。この場合、メーカーからある程度の「穴埋め金」が入るので、その分販売価格を安くできるが、その値引き率は大きくない。逆に返品されても構わないというスタンスで「穴埋め金」の提供を拒否するメーカーもいるので、店頭には「閉店セール対象品」と「閉店セール対象外品」が並ぶことになる。
処分価格をめぐる量販店とメーカーの攻防
閉店セールに限らず、家電製品ではスーパーの総菜コーナーでよくある「半額処分」といった大幅値引きは発生しない。食料品の場合、ほとんどの商品において原価率が5割を切っているうえ、賞味期限の関係でメーカー返品がありえないので、店側の裁量で「3割引」「半額」などといった値引き販売を行いやすい。
ところが、家電量販店の扱う製品は(その種類にもよるが)原価率が5割を下回ることはほとんどない。流通原価を考慮すると原価率が7~8割の場合もあり、セール期間でも定価販売を余儀なくされるケースもある。家電の世界は単価が高いからビジネスが成立しているだけで、利益率はそれほど高くないのだ。
例えば、メーカーの標準価格が1万2000円の商品があるとして、販売店には6割の7200円で卸される。そこに販売店は利益を3割弱乗せて端数を調整して、9980円で販売する。1個売るごとに2780円がもうかる計算だ。
この「標準価格1万2000円」というのは、実売価格で1ケタ安くするためによく使われる手段だ。同じ原価率、および、利益率でも、標準価格9500円の商品が7980円に値引きされるより、1万2000円が9980円に値引きされるとお買い得感がいっそう高まる。こうした事情から、実際にはもっと安い価格設定ができるのに、わざわざ「標準価格1万2000円」にするケースはよくある。
さて、こうした原価が5割を超えている製品を半額で処分したい場合、そのまま値引いただけでは赤字になる。そのため、販売店はメーカーに「穴埋め金」を要求する。具体的には「売れ残ってる製品を半額で売りたい。店も利益を削るので、メーカーさんも2割分の穴埋め金を入れてほしい」となる。こういう交渉をするのは穏便なケースで、実際には有無を言わせないことも多々ある。一般的には、売れた分だけ穴埋め金を入れるが、在庫金額の総額に対して穴埋め金を要求しつつ、売れ残った在庫品を元の原価で返品してくる豪腕な販売点担当者もいるとかいないとか。
販売店側は、在庫品をほかの店舗に動かしたくないメーカーから有利な条件を引き出したいので、「閉店までに売れ残った製品はそのまま引き取って帰ってくれ」と、発送コストや引き取った製品の再出荷コストをかけたくないメーカーにプレッシャーを与える。閉店セール終了後に売れ残った製品を出さないために、メーカーの営業担当者を“自発的に”応援販売へ引きずり出そうとする思惑もある。
だからメーカーは穴埋め金を受け入れる
家電製品は賞味期限があるわけではないので、メーカーからすれば、極端な値下げをしてまで売る必然性はない。型落ち品となる場合もあるが、それはメーカーのラインアップ再編や新規格の登場に合わせて発生するもので、販売店の閉店に合わせて急に起こるようなものではない。
それなのに、販売店の圧力に屈して売り切ろうとする理由は、先に挙げたコストの問題とともに、「販売店が閉店になるのは営業担当者個人の責任ではない」と考えるメーカーも多いことにある。普段の値引きは営業担当の評価に結びつくので受け入れがたいが、穴埋め金は不可抗力だからいいでしょう、となるわけだ。
ただし、これは「返品か特価処分か」の二択であって「特価処分かゴミとして廃棄か」ではない。だから、製品を問わず半額処分が乱発されたり、総菜コーナーのように段階的に値引いてお得感を演出することはない。現行商品、特にPCのハードウェアの相場を崩すとPC関連製品の市場相場に影響を及ぼすし、傘下の店舗が多い大規模家電量販店でこれをやると、閉店しない店舗でも同額で売れと要求する客が増えるため、なおさら実売価格は下げられない。「最終日の閉店時間まで待っていれば処分品の実売価格がさらに下がるのではないか」と期待して閉店セールを行う家電量販店の店内で粘る消費者もいるが、あまり意味はない。
「展示処分品」はまるごと利益?
ただし、以上の法則に当てはまらない事例も存在する。それが「展示処分品」だ。展示品は使用済み扱いで新品とは一線を画するため、安値で処分しても通常流通の価格に与える影響は少ない。展示品は店が販促用として安価で買い取っている場合も多く、在庫管理上の原価は通常よりかなり安かったり、中には原価として計上されていない場合もあるので、販売店側が独自裁量で値引きできる。半額で売っていながら、実は原価がゼロなので売れたらすべて販売店の利益、という場合もある。
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