増産できないしたくない:牧ノブユキの「ワークアラウンド」(2/2 ページ)
“細く長く”売れていた製品だったのに、いきなり先を争って買い求める事態に。メーカーは“特需”でチャンス到来と思いきや、苦難の道が待っていたりする。
特需は競合の介入を招く
ところが、突発的に特定の製品の需要が想定を超えて急騰すると、微妙で絶妙なバランスで成り立っている需要と供給計画のサイクルが瞬時に崩壊する。3カ月分あったはずの在庫が全部なくなっても、次の入荷は2カ月先だ。すぐに追加生産をしようと思っても、工場のラインは別の生産予定で埋まっていることがほとんどだ。ラインの取り替えを強行しても、生産をストップした別製品のパッケージや説明書などの資材は事前の計画通りに入庫してくるので、そちらの倉庫コストが発生する。
なお、パッケージや説明書は、製品本体とは別のサイクルで生産されている。製品本体は3カ月分、パッケージは6カ月分、説明書は1年分というように、ほとんどケースで生産サイクルが異なる。こうした場合で1つだけ生産を止めてしまうと、倉庫滞留が膨大な数になるだけでなく、運転資金の確保にも影響が出る。長期的な需要増ならまだしも、一過性の需要増のためにラインを組み替えるというのは、メーカーとしては避けたい選択肢だ。
加えて、部材を外部から買い付けている場合、ある部材の発注から納品まで数日単位で済むときもあれば、海外から購入していると数カ月かかることもあるので、急きょ発注したとしても、生産に必要な部材の入荷は数カ月先になってしまう。船便を航空便に変更すれば輸送日数は短縮できるが、運賃が高くなって原価が上がってしまう。利益率が低い製品なら利益が吹っ飛んでしまいかねない。
平時の需要がほとんど変動しない製品ほど、こうした急激な変化に対応できない。仮にメーカーがブームを仕掛けた製品なら、在庫は前もって確保しておくし、急な増産にも対応できるように部材の調達先は海外メーカーではなく小回りが利く国内メーカーを選んでおく。ただ、メーカーが仕掛けるブームでは、品薄状態がステータスになることもあるので、ビジネスで実害はでない。
メーカーにとって最も困るのは、販売店の売り場を独占していた“安定製品”だったはずが、この隙を突いて競合他社の同等製品が入り込んでくることだ。これまで販売店と取引のあるメーカーであればまだしも、まったく新しいメーカーが販売店と取引口座を開いてしまったりすると、瞬間的な需要増が収束したあとも、取り引きが継続し、長い間確保していた定番、もしくは、独占の座を明け渡して価格競争に巻き込まれてしまうのは、その製品を“細く長く”扱ってきたメーカーにとってどう考えても割に合わない。
増援は「海外向け製品」と「海外からの製品」で
メーカーにとって一時的な需要の増加というのは、販売数と利益がそのときだけ上がることを除いて、メリットはない。さらに、経営者としては、翌年になって前年同月比の実績が大幅にダウンすることになるので、株主に攻撃材料を与えるという、思わぬデメリットもある。
“細く長く”続いている定番商品は、需要に大きな変動がなく、供給側の生産サイクルを狂わせない範囲内でコンスタントに売れ続けてほしいというのが、メーカーの真意だ。しかし、会社の経営陣はそんなことは考えず、ただひたすらに、ややもすれば短絡的に、この機会を利用して利益を拡大しようとするので、社内でも本音と建て前を使い分けた駆け引きがおこなれる。
こうした、突発的な需要増で“細く長く”やってきたメーカーが取る現実的な方策にはなにがあるだろうか。すでに用意している在庫を先行して出荷するのは当然として、海外に出荷するはずだった製品を国内に回したり、あるいは海外で同等品を買い付けて自社のルートで売ってしまう方法が妥当だろう。販売店でも、独自に海外から同等製品を調達して補うという手段を用いる。
このような事情を知っておけば、店頭に海外パッケージを見かけるようになったときに、流通の舞台裏で何が起きているのかをうかがいすることができるだろう。
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