韓国で期待が高まるMVNO――法改正で市場活性化なるか:韓国携帯事情
日本では一定の認知度を得たMVNO制度。韓国でも一部のキャリア網を使ったMVNOが行われているが、まだまだ一般的ではない。通信業界の活性化を目指す政府は、切り札としてMVNOに期待を寄せている。
2009年に入り、韓国でもMVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)の話題が頻繁に上るようになってきた。日本ではウィルコムのPHS網を借りた日本通信が古くからMVNOとして通信事業を行っており、最近ではNTTドコモから3G(FOMA)網を借りたデータ通信サービスを提供している。また、ソフトバンクモバイル網を使ったディズニー・モバイルや、イー・モバイル網を使ったISP(インターネットサービスプロバイダ)によるデータ通信サービスも普及している。一方の韓国ではMVNOはまだ一般的ではなく、一部のサービスがほそぼそとあるだけだ。しかし、MVNOが普及すれば市場を活性化できると政府や関連機関は期待を寄せている。
市場に活力を与えたい政府が動き出す
韓国では現在、KTFとLG Telecom(以下、LGT)がそれぞれ数社と契約してMVNO事業を行っている。MVNOのスペースネットという事業者はLGTのネットワークを借りて「フリーT」というサービスを提供。料金プランはいくつかあるが、月額5000ウォン(約313円)を支払えば(加入費なし)、26ウォン(約1.63円)/10秒で通話できる「少量通話」プランなど、安さを売りにしたものが知られている。
このほかスペースネットは韓国南東部にある浦項市と提携し、独居老人のための「ハッピーフォン」サービスを提供している。これは体が不自由などの理由で、あまり外部との交流がない独居老人に携帯電話を配布し、週数回の通話によって安全確認などを行うサービスだ。
こうした事例はあるものの、MVNOという制度の知名度は低く、あまり利用されていないのが現状だ。加入者は全携帯電話利用者数の1%にも満たない。なにより、韓国シェア1位の携帯キャリアSK Telecom(以下、SKT)は、MVNOの実績自体がない。
低調な韓国のMVNOを活性化するというのは、数年前から政府の関心事の1つである。「家計の負担となっている通信費を下げたい」「既存通信会社による値下げ合戦という消耗戦に終止符を打ち、モバイル業界に新風を吹き込みたい」。これらは韓国政府がかねてから掲げていた命題であり、実現の切り札としてMVNOが取りざたされているのだ。
政府はこれまでにも何度か、MVNO活性化を促す内容を盛り込んだ「電気通信事業法」改正案を国会に提出したが、いずれも通過・成立には至らなかった。しかし2008年11月、放送通信委員会がMVNO法の推進を発表。詳細内容について同委員会では、以下のような内容を挙げた。
- MVNOがMNOに支払う対価は、市場で自律的に決定
- ネットワークを貸し出す事業者とサービスを指定する
- MVNOとMNOの合意は、90日以内に進めるようMNOに義務を課す
- MNOがMVNOに対して差別や拒否、協定の不履行があった場合、事後的に規制する
1番目の対価については、政府が介入せず業者同士で決めるということだ。2番目は、KTFとLGTが細々とではあるがMVNOを提供しているので、実質ネットワーク貸し出し義務が課せらるのは市場で支配的な立場にあるSKTと考えられる。2月中旬には、MVNO制度を推進するための電気通信事業法の改正案が政府立法として国会に提出され、審議の末に国会を通過すれば、少なくとも今年中には韓国でも本格的なMVNOが実現することとなる。
証券会社や自動車メーカーも名乗り
MVNOは、キャリア以外のさまざまな事業者にとっても待望の制度だ。通信会社主導による放送と通信の融合が進む中で、既存事業への打撃が大きいケーブルテレビ業界などはMVNO参入の意向が顕著だ。このほかにも、固定電話、国際電話、ポータルサービスなどを提供している基幹通信事業者のOnse TelecomもMVNOへの関心が高い。また自動車メーカーや金融業者、各種団体などが参入の意図を見せている。
ケーブルテレビ業界とOnse Telecomは、MVNO事業を準備する業者や端末メーカーによる団体「MVNO協会」にも所属している。同協会ではMVNO法案について、3GネットワークのMVNOを実現すること、SIM対応端末の普及を政府で助けることを要求している。そこには、SIMロック解除に決して積極的とはいえないキャリアが顧客を囲い込んでいること、かといってMVNO業者がSIMロック解除された端末普及のために莫大な費用を投じる余裕もないという事情がある。また、「SIMに携帯電話料金をチャージして、その分だけ利用できるプリペイドサービスを提供したい」という具体的な要求もあり、みずからのブランドや販売網を通じてプリペイドケータイを販売したいという計画も多いようだ。
貸し手・借り手で議論噴出
とはいえ、韓国のMVNOはすんなりとスタートできないという論議もある。電気通信事業法の改正案としてあげた1番目の項目、市場が対価を自律的に決定すれば、圧倒的に貸し手のキャリアが有利になり、通信費値下げが難しくなるのではという懸念があるからだ。
またMVNOが実現すれば、事業者たちはブランド力のあるSKTのネットワークを使いたがるという予測も多い。しかし、SKT網を使ったMVNOが実現しなかったのは、そのネットワーク対価が高いため――と漏らす業界関係者もいる。貸し手優先の市場にならないためにも、MVNOを検討する側からは既存事業者を規制すべしとの意見が多い。
一方、貸し手である既存事業者にとっても不満はある。とくにSKTのようなシェアの高いキャリアにとっては、MVNOを義務化するような内容は負担感が大きい。
さらに最近になって、韓国国会がメディア関連法の影響で空転するという、別次元での壁が立ちはだかった。大企業による新聞、放送企業の保有を許可する放送法改正案をめぐり、与党と野党が激しく対立。放送法改正案とともにメディア関連法の1つとなっている電気通信事業法改正案も、審議が止まったままで、国会で決着がつかなければ、MVNOに関連する法の施行も遅れるばかりだ。
法案を通すまでは放送通信委員会の思惑通りに押し進めてきた形だが、実際にはそう順調にいかないもので、仕上げの段階で滞っている。電気通信事業法の改正案は過去に数回廃案になっており、同委員会も“今度こそは”という思いがある。また業界からのMVNO待望論も日々大きくなる一方だ。
しかし、貸し手、借り手ともに不満が残るまま法案を通過させてしまっては、MVNOが立ち行かなくなるのは明らかだ。国会が滞った今を機に、再度業者間の意見を調整する必要がありそうだ。
佐々木朋美
プログラマーを経た後、雑誌、ネットなどでITを中心に執筆するライターに転身。現在、韓国はソウルにて活動中で、韓国に関する記事も多々。弊誌「韓国携帯事情」だけでなく、IT以外にも経済や女性誌関連記事も執筆するほか翻訳も行っている。
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