松山さんを通して自らの考えるワタナベ像を追求するトラン監督は、この映画を普通の喋り口調で撮りたいと考えていた。松山さんはそれに対し「原作の口調でやりたい」と主張したという。これは原作に思い入れがある人にとっては重要なポイントだろう。
「原作でも“ワタナベの喋り方には特徴がある”ってミドリが言ってるし、その文章の、言葉の選び方自体がワタナベの特徴でもあるという気がしていたのであまり変えたくなかったんです。そのままの口調で一度やらせてもらいたいと言いました」
あの村上作品独特の口調を自分のものにするのに苦労はなかったのだろうか。
「それはなかったです。ある意味時代劇だし、口調で時代感というものも表現できる。そういうつもりでやってたんで自分の中では違和感なかった。言葉からでも彼の繊細さが分かります。でも、感情をそのまま言葉にのせてないところがあって。一歩引いてるんです、ワタナベは。冷静とは違うんですけど、醒めてるというか、あんまり距離が近くなりたくない、そういうことも口調から表現できたと思います」
映画のワタナベを創り上げていく過程で、松山さんは愛について熟考することとなり、その結果、大人になったという。
「それまで、自分にとって愛し方は100%注ぐっていうストレートなものしかなかった。映画を通して、というか原作を通してそのように感じることができたのは大きかった。だけど、また映画を見たり原作を読んだりしたら、新たに気付くものもあるんだろうな、と。無限に、30歳になっても40歳になっても、見るたびに気付かせてくれるような深さを持った作品だと思います。だからこそ、いまだに読み継がれているのでしょう」
『ノルウェイの森』は深い。誰もがそこに迷い込んで何かを見つけたと思ったらまた途方にくれるような奥の深い作品だ。「この作品をひとことで言うとしたら?」という質問に、松山さんは「キャッチコピーを公募した中に『人類みなワタナベ』っていうのがあって、それをここで使わせていただきたいですね」といって笑った。
人が大人になっていく過程で誰にでもワタナベの時期はある。松山ケンイチにもトラン・アン・ユンにも。原作を読んだ人全員が自分の中にワタナベを発見するだろう。
トラン監督が原作からすくいあげ、松山さんがカタチにしたワタナベ像は、原作のワタナベとは少し違うかもしれないが、原作を愛する人間が創りあげたワタナベには違いない。
原作のイメージを大切にするあまり劇場に足を運べなかったという人にこそ、ブルーレイやDVDを見てほしい。繰り返し見て、自分のワタナベ像との相違や類似について考えることで、より深くノルウェイの森を探求できるだろう。
ブルーレイ版「コンプリート・エディション3枚組」には劇場公開版より16分長いエクステンデッド版も収録されている。
「劇場版とは全然違う感じがします。間とか、そういうのがこの映画では重要な要素ですし。登場人物の関係性がもうちょっと描かれているので、分かりやすくなっています。もっと深く人物を見たりセリフを感じとったりできるのがいい」
松山さんをはじめとする役者のたたずまい、音楽、風景、色、そして間、そのすべてが語る『ノルウェイの森』は大変に美しい映画である。
ブルーレイ「ノルウェイの森 コンプリート・エディション3枚組」(税込み:5,990円)、DVD「ノルウェイの森 スペシャル・エディション2枚組」(税込み:3,990円)は、6月22日にアスミック、フジテレビより発売、販売ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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