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コラム
» 2004年06月23日 14時49分 公開

個人としての国際化対応(2)言語空間の構造e-Biz経営学

文化・歴史・宗教的背景の異なる人々と“一つの場”を共有し活動を展開する際に、自らの占める場所を創り出しリーダーシップを発揮するためには、当然、コミュニケーション能力が問われます。コミュニケーションの基礎は、なんと言っても言語です。今回は、言語空間の構造について考えて見ましょう。

[住田潮,筑波大学]

 25歳の夏にアメリカへ行くことが決まり、さて、向こうに渡って周りの人間と旨く意思の疎通ができないとして、何が一番辛いだろうかと自問しました。それは、自分の英語力不足に因るものなのか、あるいは言葉を媒介にして意思の疎通を図る際に一般的に存在すると思われる障壁に因るものなのか、その区別が付かないことだろうと想像しました。

 原因が前者にあるとはっきりしていれば、打つ手は幾らでもあります。後者については、日本人同士でも、意思の疎通が旨く行かず、言葉が心から離れたところで空回りしてしまうことがよくあります。時間に委ねて沈黙するか、相手に対して構えた自分の姿勢に無理があるのか、もう少し相手に感情移入し、想像力を巡らすことで自分の言い回しを変えていくのか。考えるべき方途は全く異なるものになります。どちらとも分からず、ただ意思が旨く通い合わないことで悶々とする状態が一番辛いように思われました。

 そこで、「誤解の一般的構造」を自分なりに把握しようと思い立ち、時枝誠記、大野晋、三浦つとむ、の日本語に関する著作を読み、吉本隆明の「言語にとって美とは何か」と「共同幻想論」を吸収しました。やがて、自分の内に、朧気ながらも言葉だとか関係についての像が浮かぶようになりました。これは、迂遠に見えて、実際は極めて実効性のある準備となりました。アメリカに渡ってから、生活空間に立ち現れる人々と自身との相対的な位置関係を、まるで時間軸に沿って変化する地図を眺めるようにして自覚的に分析して行くことを習慣化しましたが、そうした準備をしていなければ、そんなことは思いも付かなかったに違いありません。その後も、この経験は、「組織の中で働く際に志を高く持つ」ための思考を深めることに、大いに役立っています。以下に記す事柄は、そんな事情を背景として、常日頃、考えていることです。

 言葉で表現する際には、先ず、理解して欲しいと思う対象の母集団を措定することが重要だと思います。自分の居る課内の人々に分かって貰えば十分なのか、全社的に伝えることが必要なのか。あるいは広く社会的に理解され得る表現とすることが要請されているのか。同じ言葉でも、対象母集団をどう選ぶかによって、その意味や示唆する内容が異なってきます。

 次に、抽象化し具体化するという言葉の働きの二重構造を自覚することも、コミュニケーション能力の涵養に役立ちます。前者は、自己表出性として現れ、後者は言葉の指示性をもたらします。自己表出性とは、自分に固有の思考や感情を抽象化し伝達可能な形に転化する際に、自己の思い入れを否応なく含んでしまう言葉の属性です。指示性とは、言葉によって対象の中にイメージを喚起し、それによって相互理解を可能とする言葉の属性です。ぼくらの発する言葉は、この2次元空間を動いていると考えられます。詩の表現は自己表出性が高く、数学やコンピューター言語による表現は指示性が高いと言えます。同じ言葉でも、時間や経験を共有している人々を対象とする母集団では指示性が高く、その外の人々に対しては指示性が極端に低くなるといったことも起こり得ます。

 次いで、対象母集団の中で了解可能な人々の広がりを意識することも有効です。これを、拡散性と呼ぶことにします。例えば、数学による表現を考えると、その素養を持つ人々に対しては自己表出性を抑えた指示性の高い表現となりますが、対象母集団の中に数学を理解する人々が少なければ、拡散性は低いということになります。

 また、十代の若者が用いる独特の表現も、ぼくらの感じでは、自己表出性ばかりが突出して指示性も拡散性も極端に低いと思われますが、若者の間では、存外、指示性も拡散性も高いのかも知れません。

 こうした枠組を前提として、言語による「表現の価値」を測ることが可能となります。価値を測る軸は、特定の人々と心を通わせる喜びや対象となる人々に感動を呼び起こす力、あるいはビジネスを円滑に進められるか否かの成否、といった具合に多様に考えられますが、表現の目的を確定すれば、対象母集団における自己表出性、指示性、拡散性の3次元空間で相当程度に測れるのではないかと思います。

 一般的に、自己表出性が高く指示性や拡散性の低い表現は、誤解の生まれる余地が大きいと言えます。文化・歴史・宗教的背景の異なる人々と“一つの場”を共有し活動を展開する際には、ただでさえ誤解を生む余地は大きい。従って、個人としての国際化対応の観点から言語空間の構造を考えると、対象母集団に対して自己表出性をある程度押さえ、可能な限り指示性と拡散性の高い表現を心掛けることが重要である、ということになります。国際化が更に進む21世紀においては、自らのカリスマ性に依拠するリーダーよりも、理念・現状分析・それを繋ぐ行動計画と進捗の監視といったプロセスの総体を体系化でき、かつ情熱を併せ持つリーダーの方が力を発揮することでしょう。

 また、自分の「表現の価値」を測る軸を想定し、それを最大化することを意識することも大切です。そうした努力を不断に積み重ねることによって、ある日、突然、コミュニケーション能力が飛躍的に向上していることに気付かれることでしょう。皆さんがイメージを浮かべることを助ける目的で、ぼくの考える3次元言語空間を図示しておきます。さて今回のこの原稿、どのくらいの指示性や拡散性を獲得しているか? 皆さんの判断に委ねることにしましょう!

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