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» 2007年01月19日 15時46分 UPDATE

ビジネスシーンで気になる法律問題:ドメイン名の差し押さえ――現実的には難しい?

2ちゃんねるのドメイン名を差し押さえるという報道が大騒ぎになっている。「仮差し押さえ」なのか「差し押さえ」なのか、最終的な目的が「2ch.netというドメイン名の競売」にあるのか、それとも「2ch.netというドメイン名の使用差し止め」にあるのか――いくつかの疑問を考えてみたい。

[情報ネットワーク法学会, 町村泰貴,ITmedia]

 2ちゃんねるのドメイン名(2ch.net)を(仮)差し押さえをするという一部報道(1月12日の記事参照)が、大騒ぎになっている。

 この報道をめぐっては、多くの疑問がある。申立てをした会社員が実際のところどのような申立てをしたのか――。仮処分の間接強制金約500万円の債権が根拠らしいが、「仮差し押さえ」なのか「差し押さえ」なのか、最終的な目的が「2ch.netというドメイン名の競売」にあるのか、それとも「2ch.netというドメイン名の使用差し止め」にあるのか、はっきりしない。

 そもそもドメイン名を差し押さえて競売にかけることは可能なのだろか。日本のccTLDである「.jpドメイン名」であればともかく、外国企業がドメインを割り当てるレジストリとなる「.netドメイン名」の場合はどうなるのかもはっきりしない。なお、2ch.netの登録名義が西村博之氏個人でないことも大いに問題となるが、その点は別論とする。

 筆者は先に、この問題に簡単にコメントした(1月15日の記事参照)。その後、読者からも質問をいただいている。そうした質問に答えつつ、もう少し考えてみたい。

ドメイン名の「仮差し押さえ」なのか「差し押さえ」なのか

 まず、報道では西村博之氏の「全財産が仮差し押さえされる」申立てがあったと書かれている。この全財産にドメイン名も含まれる可能性があるということで、今回の騒動となった。

 しかし、仮差し押さえであれば、「全財産」を仮差し押さえするということはありえない。裁判所に申立書を提出する際、仮差し押さえの対象物を特定しなければならいからだ(民事保全規則19条)。

 ドメイン名が(仮)差し押さえの対象となる場合、少なくともドメイン名(2ch.net)を登録した人と登録機関(.netのレジストリサービスを行う米VeriSign)の氏名住所を記載しなければならない。実はこの点も、ドメイン名登録者の権利を差し押さえるということを法律が想定していないので、明文化されたルールはないのが現状だ。

 また、報道では申立てをした人の債権が、発信者情報開示を命じる仮処分の間接強制金約500万円ということだ。そうだとすると、この債権は、仮差し押さえをするまでもなく、それ自体強制執行が可能な債権なのだ。つまり報道では仮差し押さえとなっているが、通常の差し押さえが可能なのではないか。

 仮差し押さえの場合は、その元となる権利が確実でないうちから債務者の財産を押さえてしまうので、間違っていたときに備えて担保という名前の保証金を払う必要がある。これに対して差し押さえは、その権利があることが明確になっているので、保証金は不要だ。

 それに仮差し押さえだけでは、実は競売は行われない。仮差し押さえは「財産を保全することが目的」なので、売ってしまうところまで行かなくても、仮差し押さえ命令を出して、いわば「つば」を付けておけば十分だからだ。競売などが行われるのは、「仮」ではない正式な差し押さえの場合なのである。

st_do01.jpg 仮差し押さえと正式な差し押さえはこれほど異なる

「差し押さえ」と「差し止め」は違う

 次に問題なのが、「差し押さえ」と「差し止め」を混同しがちなことだ。今回の報道では、(仮)差し押さえだということで、所有権が移転したら2ch.netが使えなくなるかもしれないといわれている。問題の焦点が、2ch.netというドメイン名を使えなくするということであれば、使用差し止めの仮処分や差し止め判決を得て、それを強制執行するというのが本筋だ。

 例えば、不正競争防止法という法律がある。そこには不正の利益を得る目的や他人に損害を加える目的で、他人の氏名や商標などと同一または類似のドメイン名を登録したり使用したりすることを不正競争と定義している(同法2条12号)。そして不正競争に当たる行為は、差し止め請求権の対象となり(3条)、損害賠償義務を負う(4条)。具体的には、他人の有名なブランド名を勝手にドメイン名として登録し、アクセス数を稼いだり、そのドメイン名をブランド保有者に高く売りつけようとする行為が該当する。いわゆるサイバースクワッティング行為を禁止するために作られた法律が不正競争防止法なのだ。

 これに対して仮差し押さえだけでは、2ch.netの使用は禁止されない。先に書いたように、仮差し押さえは財産に「つば」を付けておけば十分なので、それ以上に債務者の財産を奪い取る必要はないからだ。

 仮ではない正式な差し押さえで、債権者や第三者に売却されてしまえば、確かに2ch.netのドメイン名で2ちゃんねるのサーバへアクセスできなくなる恐れがある。ではそれは可能なのだろうか?

st_do02.jpg 「差し押さえ」と「差し止め」は違う。混同しないことが重要だ

「差し押さえ」と「差し止め」の具体例

 出版社の例で考えてみよう。出版社の出版物が他人の名誉を毀損しているということであれば、その被害者から出版差し止めの訴えや仮処分を起こされて、出版物が差し止めを受ける。つまり出版そのものができなくなる。

 これに対して、出版社が原稿料を支払わないでいると、執筆者から原稿料支払い請求訴訟が起こされて、出版物が仮差し押さえされたり、裁判で判決が出れば正式な差し押さえも執行される。しかし、出版事業そのものができなくなるわけではないのだ。


ドメイン名差し押さえの先例はあるの?

 ドメイン名が差し押さえられた例は、日本では存在しない。海外ではどうかと調べてみると、最終的には認められなかったものの、差し押さえ命令を得ようとした例があった。それは、ドメイン名がまだ米NSI(Network Solutions, Inc.)の管理下にあった1999年のヴァージニア州でのことだった。

 ドメイン名差し押さえを試みたのはUmbroというスポーツグッズのメーカーで、相手はあるポルノショップだった。Umbroのドメイン名をポルノショップが取得していたので、使用差止めを訴訟で勝ち取ったが、その訴訟費用を取り立てる時に、ポルノショップが取得していた他のドメイン名を差し押さえて金銭に換えようとしたのだ。

 ヴァージニア州の下級裁判所は、その差し押さえを認めたが、ヴァージニア州最高裁はドメイン名登録者の権利が差し押さえの対象となり得ないとして、差し押さえを認めなかった。その理由は、ごく簡単にまとめると、ヴァージニア州法の債権差し押さえ制度が予定している債権にサービスを求める権利は入らないということだった(Network Solutions, Inc. v. Umbro Int’l, Inc., 529 S.E.2d 80(Va. 2000).)。

ひろゆき氏の法律知識

 すでに報じられている通り、西村氏が取締役を務めるニワンゴの携帯サイトに同氏へのインタビューが掲載された(1月17日の記事参照)。

 インタビューには、「差し押さえというのは債権の金額までしか差し押さえできないです。全財産の差し押さえが不可能ってのは、法務部のある会社ならわかってるはずなんですけどねぇ」という発言があった。西村氏はよく勉強しているようだ。

 ただ正確を期せば、民事執行法では次のようになっている。不動産の場合は、差し押さえは幅広くできるけれども、それを売却できるのは債権者の債権額まで(民事執行法73条)。動産は債権額の限度でしか差し押さえできない(民事執行法128条)。債権を差し押さえる場合も動産と同様だ。一方、全財産の差し押さえは、破産手続が開始した場合のことを指す――のである。


あらためて、ドメイン名の差し押さえはできるか?

 日本の国内法では、実例はないものの、ドメイン名を登録した者の権利も差し押さえ可能だと考えられる。例えば、ドメイン名を保有する企業が破産した場合を考えてみると、その企業の全財産は、ドメイン名も含めて、破産管財人の管理するところになる。このことはドメイン名の差し押さえが可能であることが前提になっている。管財人は、集客力のあるサイトであれば、そのドメイン名とともに、サイトの管理運営権を売却することで、破産債権者の債権回収に役立てることだろう。

 そして日本のccTLD、つまり.jpドメイン名の場合であれば、日本レジストリサービスが登録機関として、ドメイン名の移転を行う。しかし.netドメインの場合は、先のコメントで書いたとおり、外国企業である登録機関を相手としなければならず、その点で多くの困難が待ち受けている。

 外国にある財産や外国に住む人に対する債権は、日本の裁判所が強制執行するのではなく、その財産や債務者の所在国の裁判所が強制執行をするという「裁判所の管轄権」も問題だ。また、日本の裁判所が外国に住む人に裁判権を行使する場合、送達は外務省から在外公館、相手国の外交当局などを通じて行う「送達の国際司法共助」の問題もあり、日本の裁判所が直接VeriSignに手紙を送ったりすることは原則としてできない。非常に時間がかかることが見込まれ、現実的ではないだろう。

 こうした点から、結局2ch.netの差し押さえという方法は成功しそうにないと思われる。

情報ネットワーク法学会とは

情報ネットワーク法学会では、情報ネットワークをめぐる法的問題の調査・研究を通じ、情報ネットワークの法的な問題に関する提言や研究者の育成・支援などを行っている。

筆者プロフィール 町村泰貴(まちむら・やすたか 南山大学法科大学院教授)

南山大学法学部・法科大学院で民事訴訟とサイバー法を担当し、情報ネットワーク法学会では副理事長を務める。ブログ「Matimulog」でも活動中。


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