内部告発は保護されるのかビジネスシーンで気になる法律問題

お前とは一緒に仕事できない――。かつて内部告発者といえば、当然のように裏切り者の汚名を着せられていた。不正行為を内部告発をしても不利益は被らないという公益通報者保護法の実態に迫る。

» 2007年01月12日 20時40分 公開
[情報ネットワーク法学会, 町村泰貴,ITmedia]

 2006年4月、法令違反などの不正行為を企業内部からの通報を支援する「公益通報者保護法」が施行された。この法律によると、内部告発をしても不利益は被らないということなのだが、実態はどうなっているのだろうか。

内部告発は命がけ

 仲間内の論理を優先するといわれる日本社会では、「内部告発」という行為自体がネガティブに評価されかねない。これまで内部告発者といえば、当然のように裏切り者の汚名を着せられ、「お前とは一緒に仕事できない」と言われ、退職させられるか、閑職に追いやられるなどの処遇を受けるケースが少なくなかった。

 裁判例にも、そのような実態が現れたものがある。富山県を本拠とする運送会社の29歳の社員が、自社の関わるヤミカルテルを新聞社、公正取引委員会、消費者団体などに通報し、ついに公取委による立ち入り検査、日本消費者連盟の告発に基づく東京地検の捜査、そして当時の運輸省の特別監査に結びついた。

 ところが、当の告発をした社員はその後、教育研修所勤務を命じられた。そこでは個室をあてがわれ、仕事は草刈り、布団の整理、雪かきなど雑務だけで、研修生との接触を禁じられるなどの待遇を受け続けた。そして自宅には暴力団の「若頭」を名乗る男がやってきて会社を辞めろと迫り、市役所職員の兄のもとにも、告発した社員を辞めさせなければあんたをクビにするといった脅しが行われた。

 そのような待遇が約30年も続き、給料もほとんど据え置かれたままという状態だった。そこでついに、この社員が裁判に訴えて、本来ならもらえるはずだった給料との差額を請求した。富山地方裁判所は正当な内部告発に対する冷遇は違法であることを認め、給料差額と弁護士費用の賠償1356万円余りを会社側に命じたのだった(富山地判平成17年2月23日)。この判決は、裁判所のWebページから日付を検索して見ることができる。

内部告発で冷遇されても法律は味方になるが……

 このようにひどい目にあう内部告発だが、上の裁判に訴えた社員は結局勝訴することができた。また、ここ数年に発生した自動車メーカーや食品メーカーなど大企業の不祥事でも、内部告発が大きな役割を果たしたといわれている。そうした背景もあって、2004年6月には内部告発を保護するための法律も成立した。それが公益通報者保護法だ。

 では、不正を見つけたら、安心して内部告発ができるようになったのだろうか? 残念ながら、そう簡単にはいかない。まず、内部告発をすること自体への“反感”は、法律ができたからといってすぐに変わるものでもない。内部告発者の不利益取り扱いを法律で禁止したとしても、なかなか守られるものでもないのが実態だ。

 そして公益通報者保護法の仕組み自体も、本当に力強い味方となってくれるのかどうか、不安視されている。公益通報者保護法は、まず通報対象事実として、刑法や食品衛生法、個人情報保護法などが刑事罰を規定して禁止している行為や、直罰(指導や警告なく処罰すること)ではなくいったん行政処分を出して、その処分に反したら刑事罰が科される場合の処分対象行為を挙げている。今、注目されている談合事件などが典型例だ。

 次いで、そうした通報対象事実が自分の勤務先で行われた場合、まずは勤務先の上司や内部告発窓口、あるいは監督官庁に通報する。勤務先や監督官庁に通報したのでは不利益な扱いを受けるかもしれないと考えられる場合などは、外部のマスコミや被害者に通報してもよい。

 そして、その公益通報が不正な利益を得る目的でなされたものでなければ、解雇その他の不利益取り扱いをしてはならないという禁止規定が設けられている。ところが、解雇が無効になるといっても、それでも解雇するという経営陣に対して懲役刑などの刑事罰や、指導や処分などの行政罰が下されるわけではない。あくまで民事的なものである。つまり不当な解雇や、閑職に追いやられたり昇給を止められたりといった不利益取り扱いができない――ということなのだ。

内部告発は実名で

 その上、匿名による公益通報は、どうやら認められていない。内部告発に相当するような行為をしている企業に勤めているとして、その上司や内部告発窓口に、まずは実名で通報しろという点で、かなりのリスクを内部告発者に負わせることになる。そのようなことをすれば、上司のみならず同僚からも白い目で見られることは明らかだ。

 「では監督官庁に通報すればいい」ということになりそうだが、監督官庁に実名で通報するというのも、安全なようで実は危険だ。2002年に明らかになった電力会社の原発トラブル隠しでは、内部告発者からの通報を受けた経済産業省原子力安全・保安院が、当の内部告発者の氏名を電力会社に伝えるという信じられないことをしていたのだ。監督官庁と監督される企業との間に、例えば天下り関係などを介して癒着がある場合、官庁への通報はまさに自分の首を絞めることにもなりかねない。

 だからといって、匿名でネットの掲示板に書き込んだりすれば、告発内容の信憑性が失われ、かえって隠蔽工作のきっかけにもなりかねない。せっかくの内部告発が目的を達しない恐れもあるだろう。

匿名でネットの掲示板に書き込んだりすれば、告発内容の信憑性が失われかねない

不祥事の公開が企業に利益をもたらす構図を

 法律は頼りにならず、内部告発は相当のリスクを覚悟でしなければならないとなると、なかなか普通のビジネスパーソンでは踏み込むことができない。

 しかし、それでも不正行為や消費者の生命や健康に危険をもたらす行為が見過ごされてよいわけではない。そうした行為はすぐには表面化しなくとも、いずれは露見するときがやってくる。そうなったときには、担当者の責任が問われることになる。会社の目先の利益を優先して不正を正そうとしなかった担当者は、後にそのツケを払わされることになるのだ。

 また会社自身が早期に発見していれば軽い損失で済んだものが、長期間隠してきたあげくに責任追及された場合には莫大な損失に膨らんでいるのが普通である。隠蔽ということになれば、経済的損失だけでなく、社会的信用も地位に落ちるのだ。会社がそうなってしまえば、上司も役員も含めて、会社の従業員全体が損失を被ることになる。不祥事の早期発見・早期是正は、企業自身の利益になるし、その過程の公開も企業自身のイメージアップにつながるのである。

 従業員が単独で内部告発に及んでも、つぶされるリスクが大きいし、問題提起に成功してもスケープゴートにされてしまうのでは割に合わない。そうはいっても見て見ぬふりをしてやり過ごせば、不正行為のリスクが大きくなるばかりだ。そんなジレンマを抜け出すには、不正行為の是正の必要性や、不祥事の公開が会社の利益に資することを同僚や上司に広めていくしかない――少なくとも筆者はそう考えている。

情報ネットワーク法学会とは

情報ネットワーク法学会では、情報ネットワークをめぐる法的問題の調査・研究を通じ、情報ネットワークの法的な問題に関する提言や研究者の育成・支援などを行っている。

筆者プロフィール 町村泰貴(まちむら・やすたか 南山大学法科大学院教授)

南山大学法学部・法科大学院で民事訴訟とサイバー法を担当し、情報ネットワーク法学会では副理事長を務める。ブログ「Matimulog」でも活動中。


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