ストリート系ファッションビジネスをリードする小林節正氏。先日行われた「クリエイティブ・マネジメント・セミナー」で講師を務めた席で、「敢えてデザインしない」「体温を高く保つ」ことがビジネスには欠かせないと語った。キーワードは“DJ力”。そのユニークなセオリーと実践法を紹介しよう。
「僕をデザイナーと呼ばないでください」
小林節正氏がそう告げると会場が一瞬ざわめいた。去る1月17日に催された日本産業デザイン振興会と千葉大学による「クリエイティブ・マネジメント・セミナー」、第1回目の冒頭部での話だ。それもそのはず、同氏は靴の「SEtt」やカジュアルファッションの「GENERAL RESERCH」など、オリジナルブランドを次々立ち上げてきたデザイナー。だがセミナーが進むにつれ、発言の謎が解けていく。
今のファッションビジネスは、70年代後半の黎明期から四半世紀たち、やっと世代交代した90年代半ばの延長線上にある。小林氏によればすでに業界は飽和状態で、「とくにメンズものはゼロからオリジナルを生み出すのは不可能」だという。
それどころか生きている時点で、服に限らず先人の考えたものを見聞きし、編み出した形式を真似ているわけだから、生活を取り囲むすべてが、実は「すでにリミックスされてきたもの」。つまり純粋なオリジナルなどありえないというのだ。
純粋なオリジナルは望めないとはいえ、新しいジャンルや潮流が生まれることはある。さらにその勃興は1つの法則にのっとっていると同氏は指摘する。
例えばTシャツ。90年代半ば以前は冬にTシャツが店頭に並ぶことはなかったが、今は平気で置いてある。そのキッカケが「メッセージボードとしてのTシャツ」だったという。最初はメッセージを書くのに都合がいいという理由でTシャツが選ばれた。それがストリート系ファッションと出会うことで、一ファッションとしてのTシャツの地位を獲得する。つまりファッション同士でなく、ファッションにメッセージが組み合わさり、新たなファッションが生まれた構図だ。同氏はこのとき、「ハッピーアメリカンミート」「100%アメリカンビーフ」と、BSEへのメッセージを入れたオリジナルTシャツを販売した。
ファッション全体の潮流でいえば、70年代後半からのデザイナー世代は徒弟制が当たり前だったが、今のデザイナーたちは師匠を持たないのが大きな特徴。「受け継がれた徒弟制度からは違う景色が見えてこない」からだと小林氏は分析している。
さらに例として挙がったのがヒップホップやラップ。路上でただ大声を出して意見を主張するだけでは誰も立ち止まってくれなかったところ、リズムをつけて訴えてみたら立ち止まってくれた。そんな工夫から始まったのがこの音楽ジャンルだ。つまり「元々音楽をやっている人たちからは生まれなかった」。
小林氏の言う法則とは、「新しい風景が見たかったら違う岸辺から見るしかない」ということだ。
小林氏は現在、この“異種同士のリミックスの法則”にのっとりビジネスを展開している。具体的には「デザインしないこと」。「ありものを組み合わせて新しい潮流をつくる」ことを実践しているのだ。この理由から12年間守りつづけてきたオリジナルブランドGENERAL RESERCHも「捨てた」。ファッションデザイナーが「自分のブランドを捨てる」というのは、端からはいささか乱暴な自虐行為にも見える。だがブランドはすでに同氏にとって「ありもの」でしかなく、「ありもの」に縛られていては次に行けない。だから「ブランドはとっぱらったほうがいい」と結論を出したという。
「まるでDJをしている感じ」。そう今のライフワークを例える小林氏の声が弾む。受信した「ありもの」の音を組み合わせることで、いとも簡単にオリジナル音の発信者に変わることができるのがDJの醍醐味。同氏はこれを音でなく服でやってのけた。「本当にゼロから作りだすのは大変」だから、初めから一切デザインせずに組み合わせに特化し、それをオリジナルにしてしまえというわけだ。賢い方法である。あとは時代の流れを読むセンスとデザインセンスを磨けばいい。
さらにもう1つ。ビジネスチャンスを確実に呼び込むために不可欠なことがあると小林氏は会場に問いかける。リミックスしたものを「どう売っていくか」だ。せっかくリミックスしても伝わらなければ、それは趣味であってもビジネスではない。
そして伝えるには一緒に伝えてくれる仲間が必要で、「人を納得させながら盛り上げ」「人を巻き込み自分と同じ温度感にしていく」。これがビジネスを展開していくうえでは「デザインと同じくらい大事」だと小林氏は力説する。そのためには「常に人よりも体温を高くしておかないと、逆に人に巻き込まれてしまう」。しかも誰からいつ、どう「攻めて」いけばいいのか優先順位と方法を考えながら、日々「伝える」ことを繰り返していくことこそが、ビジネスチャンスを逃さないことにつながるという。
つまりモノだけでなく人をもリミックスしていく2つの“DJ力”が、ビジネスをするうえで欠かせないというわけだ。
「誰の人生にも必ず何度かめぐってくるビジネスチャンス」をすぐつかむために、まず「自分の意見を人に伝えられる表現者のプロになってほしい」。小林氏は最後にそうエールを贈った。
経営とデザインの視点を持つ各界のプロフェッショナルを講師に招き、計7回開催される「クリエイティブ・マネジメント・セミナー」は今後2月25日まで6回、東京六本木ミッドタウン内「インターナショナル・デザイン・リエゾンセンター」にて週1回ずつ開催される予定。足を運べばなにかしら得られるだろう。参加は無料で先着順。ネットからの申し込みが必要だ。
日時 | テーマ | 講師 | |
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第2回 | 1月28日(月)19:00 - 21:00 | 「セレンディピティをデザインする」 | 関心空間 前田邦宏氏 |
第3回 | 2月4日(月)19:00 - 21:00 | 「グローバル&ローカライズ・デザイン開発戦略」 | LG電子デザイン経営センター 東京デザイン分所長 崔晋海氏 |
第4回 | 2月7日(木)19:00 - 21:00 | 「受け入れるデザイン」 | 湘南デザイン・DCIスタジオ・湘南デザインシンガポール 松岡康彦氏 |
第5回 | 2月11日(月)19:00 - 21:00 | 「User Innovation in Japan」 | エレファントデザイン 西山浩平氏 |
第6回 | 2月18日(月)19:00 - 21:00 | 近日公開予定 | 伊東屋 伊藤明氏 |
第7回 | 2月25日(月)19:00 - 21:00 | 「ミクロな叙述という豊かさ」-基本と普遍を探究する Muji- | 良品計画 金井政明氏 |
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