油断と感謝感動のイルカ(2/3 ページ)

» 2010年02月05日 17時45分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

 カギはきちっと掛けていた。事務所も門もだ。事務所はシャッターも降ろしていた。問題があるとすれば、240万円もの現金を手提げ金庫に入れていたことであろう。

 普段ならそんな多額の現金を事務所の手提げ金庫に入れることはなかった。毎日の売り上げはきちっと銀行に預けている。3月の繁忙期で、一気に仕事が入ってきた。誰も銀行に行ける者がいない日が数日続いたのである。“相手”は玄人だ。なんとなくそのような状況を察知されてしまったのだろう。

 浩が何だか虫の知らせがするので戻ってきたら、シャッターは開いていた。ガラスはきれいに丸い穴を開けられていた。玄人の仕事であるのは、明らかだった。おそらく指紋も残っていないだろう。

 すぐに警察に電話をした。盗まれていたのは、手提げ金庫だけだった。手提げ金庫ごと持ち出されていた。それ以外は一切手がつけられていなかった。

 「手口から、誰の仕事かは分かると思うんだが、そいつが下手を打って捕まらない限り、証拠もないんで立件は難しいだろうなあ。お札の番号でも控えてあれば別だけどね」警官は気の毒そうにそう言った。もちろん、そんなものは控えていない。銀行にも行けないほど多忙だったのだ。

 「そんなことを言わずに犯人の目星がついているなら、つかまえて厳しく取り調べて自供させてくださいよ」

 「無茶を言ってはいかん。まあ、日本の警察の検挙率は世界一だ。あきらめずにしばらく待っていてください」

 検挙率ってどのように計算しているのだろう。また、空き巣が捕まったからと言って盗まれたものが返ってくるのだろうか? どちらにしろ、知り合いで空き巣に入られて、無事盗まれたものが返ってきたという話は聞いたことがない。

 浩が戻ってきたのは、明日が月末で、支払額をもう一度チェックしたかったからだ。金庫がないとなると、どうかき集めても100万円足りない。待ってもらえるところを差し置いての100万円である。

 正直、これは厳しいことになったぞ……。浩はとにもかくにも、中野税理士に相談することにした。何も根拠はなく、お金のことならまずは税理士だと思っただけのことである。

 「中野先生。遅くにすみません。空き巣に入られまして、明日の支払いが一部できなくなるかもしれません」

 「えっ、それは大変だ。いくら足りないの? うん。100万円ぐらい? 分かりました。明日早く行きます。なーに、何とかなりますよ」

 浩は事務所に泊まることにした。家に帰ってもぐっすり眠れないだろう。ならば、ここで中野を待つほうがマシだ。

 翌朝、中野税理士は一人の男を伴ってやってきた。

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