「小さな大企業」を作り上げた町工場のスゴい人たち

年間生産180万本 それでも「吉田カバン」が職人の手作業にこだわる理由(1/3 ページ)

» 2016年04月01日 08時00分 公開
[高井尚之ITmedia]

高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

日本実業出版社の編集者、花王の情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の本音の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。

「カフェと日本人」(講談社現代新書)「セシルマクビー 感性の方程式」(日本実業出版社)「『解』は己の中にあり」(講談社)「なぜ『高くても売れる』のか」(文藝春秋)「日本カフェ興亡記」(日本経済新聞出版社)など著書多数。 E-Mail:takai.n.k2@gmail.com


 多くの会社では4月から新しい年度が始まる。新年と並んで、思いを新たにする時期でもある。心機一転で、この機会にカバンを買い替える人がいるかもしれない。どんな商品やブランドを選ぶかは人それぞれだが、男性に人気のカバンとして、最初に名前が上がるのが「吉田カバン」ではないだろうか。

 街で観察していても、世代を問わずに同社のカバンを持つ人は多い。愛用者からは「細かいポケットが多いなど、携帯電話や定期入れを入れるのに都合がいい」「丈夫で、重いものを入れても壊れない」といった声を聞く。近年の生産本数の伸びは著しく、現在では年間約180万本を生産する。驚くのは、これだけの本数を機械による大量生産ではなく、全て国内の職人が手作業で行うことだ。その理由は後述する。

photo 吉田カバンの直営店「ポータースタンド」(出典:吉田)

 吉田カバンを作る吉田は1935年創業。2015年に創業80年を迎えた。その年の秋に新商品の発表をして、2016年3月に発売した注目作の1つが主力ブランド「ポーター (PORTER)」から発売された「ポーター T-ニュアンス(PORTER T-NUANCE)」だ。これは、同社で最も人気のある「タンカー」の進化版。オリジナル生地を使用し、その表地と裏地の間にフリースをはさみ込み、既存のタンカーとは風合いを変えた。また、ストラップやハンドル(把手)をテープに変えるなどした。

 1983年に発売された「タンカー」は、90年代後半にブレイクして同社のドル箱シリーズに成長。現在ではシリーズ全体で年間約27万本を生産する。手に持つと、驚くほど軽いカバンだ。米空軍のフライトジャケット「MA-1」をモチーフにした、中綿入りで柔らかな生地が使われている(現在も定番シリーズで継続中)。内装に使ったオレンジの色づかいも斬新だった。今回の商品もその色づかいを残し、上記の生地に変えたのだ。

 「新商品は、単純に現代の技術に置き換えるのでなく、発売当時のコンセプトや時代背景を読み解き、雰囲気や佇まいにタンカーらしさを感じていただくようにしました」(同社)

 「来し方行く末」という言葉があるが、企業の飛躍のきっかけとなった商品(来し方)の進化版は、今後の目指す道(行く末)を示したかのようだ。

 同社のように創業80年超の老舗企業になると、保守的になったり、時代に取り残されたりしがちだが、そうしたこともなく、若い世代から年配者まで幅広い顧客が同社の商品を支持している。その理由は筆者の分析では3つ挙げられる。

 1つは「使い勝手のよさ」だ。製作時に、使い続けるうちに摩耗する部分を補強して丈夫さを追求したり、小物が入れやすいように気を配る。近年はPCやタブレットなどを持ち運ぶ人が多いので、「吉田カバンの商品は壊れにくい」は大きな強みとなる。

 2つ目は「新しさ」だ。同社は毎年春と秋に「商品展示会」を開催する。さまざまな新商品が発表されるが、目先のトレンドは追わない。「吉田カバンの商品に求められるものは『流行』ではなく『新しさ』です」(同社幹部)という姿勢を共有している。前述の「ポーター T-ニュアンス」もそうした一面を持つ。

 3つ目は「幅広い商品構成」で訴求していること。好みが多様化した消費者に対応する多品種・継続販売も持ち味で、例えば「ポーター バロン」という革カバンは1968年の発表以来ずっと販売している。近年の新商品によくある「発売数年で見切りをつける」ことをせず、昔ながらのシリーズ商品も一定の顧客層が支持する限り販売し続ける。継続販売中心の姿勢が長年のファンにも支持されており、タンカーのように発売十数年でブレイクといった事例も生み出している。

photo 「ポーター T-ニュアンス(PORTER T-NUANCE)」(出典:同)
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