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» 2016年04月20日 08時00分 UPDATE

「全力疾走」という病:漫画が売れたら終わりではない 敏腕編集者・佐渡島氏が描く『宇宙兄弟』の次 (1/5)

講談社時代、漫画『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』など数々のヒットを飛ばした編集者、佐渡島庸平氏。大手出版社勤務というキャリアを捨てて彼が選んだのは、作家エージェントとしての起業だった。彼を駆り立てるものは一体何だったのだろうか――。

[香川誠,ITmedia]

「全力疾走」という病:

今までの常識や固定観念などにとらわれず、業界に風穴を開けたり、世の中に新しい価値をもたらしたりする変革者が存在する。彼らの多くには明確なゴールがなく、まるでとりつかれたかのように、常に前へ向かって全力で走り続けている。そうした者たちはどのように生きてきて、これからどのように未来を切り開いていくのだろうか。


 アパルトヘイトの撤廃、ネルソン・マンデラ氏の大統領就任。歴史的な大転換期を迎えていた1990年代前半の南アフリカで、その少年はひたすら読書に耽っていた。

 「日本人学校から帰宅した後は、治安が悪いから外出はできないし、日本からファミコンを持っていくことを親が許してくれなかったので、娯楽といえば本を読むことくらいしかありませんでした。日本人学校の図書館にある本を読み漁っていて、特に遠藤周作を好んで読んでいました」

 中学生だった彼は、帰国にあわせて日本の高校受験の勉強もしていた。ところが使える教材は、学校の教科書しかない。そんな状況から、「日本で塾に通っている人たちには勝てないだろう」と思っていたが、合格したのは超難関校の灘高校だった。

 その後は東京大学文学部を卒業し、出版大手の講談社に入社。累計発行部数600万部超の『ドラゴン桜』(三田紀房)、1600万部超の『宇宙兄弟』(小山宙哉)をはじめ、数々の人気漫画を世に送り出し、いつしか敏腕編集者と呼ばれるようになっていた。

 誰から見ても順風満帆なキャリアを歩む彼だったが、ある日、人生を大きく変える決断をする。“会社をやめない決断”をやめたのだ。

佐渡島庸平。1979年生まれ。中学時代を南アフリカで過ごし、灘高校入学。2002年東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立(撮影:鰐部春雄) 佐渡島庸平。1979年生まれ。中学時代を南アフリカで過ごし、灘高校入学。2002年東京大学文学部を卒業後、講談社に入社。週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立(撮影:鰐部春雄)

 「会社員の人は毎日、“会社をやめない決断”をしてから家を出ています。いちいちそんなことはしていないと思われるかもしれませんが、自分では意識していないというだけで、実は毎日繰り返していることです。僕も同じように、会社をやめない決断を毎日していましたが、だんだんと、会社にいて自分がコントロールできることが少なくなっていると感じるようになりました。外に出たほうがコントロールできることが多いんじゃないか。そう思って、会社をやめる決断をしたのです」

 コルク代表取締役社長、佐渡島庸平(36)。会社に不満があったわけではない。いろいろなことが重なり退職に至ったというが、理由の1つは、『宇宙兄弟』のラストを編集者として見届けたいという思いがあったからだ。会社員のままでは、人事異動によっていつその担当を外れることになるか分からない。外部の人間として作品に携われば、そういったことを心配する必要はない。

 『宇宙兄弟』への思い入れが強いのは、それが自身最大のヒット作となったからだけではない。無名の新人作家であった小山宙哉を育てたのは、この佐渡島だ。同時に、若手編集者である自分を育ててくれたのが、小山であり、『宇宙兄弟』であった。

 もちろん、手掛けた作品がいきなり飛ぶように売れたわけではない。敏腕編集者にもしばらく苦労の時期があったのだ。しかし、当の本人はそんなことをみじんにも感じさせない様子だ。

「『ドラゴン桜』も『宇宙兄弟』も、ヒットするまでに3年くらいかかりました。新しい作品を出していきなりヒットすることはありませんし、僕自身が自分のアイデアが周りの人から軽く見られても気にならない性格なので、焦ったり、へこたれたりするようなことはありませんでした。ただ、何かを変えないといけないな、とは思いました」

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