燃費のウソとホントと詳細池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/5 ページ)

» 2016年05月23日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

 ここしばらく、自動車業界の話題と言えば、メーカーの燃費不正問題に集中している。発覚した事件の追及としかるべき懲罰を与えるのは司直の仕事なのでここでは書かない。

 一方で、燃費の話題に議論の混乱が見られる。それについて正しく説明するのはメディアの仕事なので、今回はまずその議論の整理をしたい。後半ではカタログ燃費と実燃費がどうして乖離(かいり)しがちになるのか、具体的な技術を背景に説明しようと思う。

燃料不正問題が発覚した三菱自動車の「eK ワゴン」 燃料不正問題が発覚した三菱自動車の「eK ワゴン」

カタログ燃費は大嘘か?

 「カタログ燃費なんて大嘘だ。実走燃費を基にした数値に改めるべきだ」という気持ちは分からないでもないが、いつ(外気温の影響は大きい)、どんな場所で(路面の勾配や転がり抵抗、風の影響は大きい)、どんな運転(加減速度の影響は極めて大きい)をするかによって燃費は大きく変わる。

 握力でも20メートルシャトルランでも長座屈でも良いが、文科省のWebサイトに行けば、年度別・年齢別の統計値が出ている。あなたがそのデータに劣ったとして「こんな統計データはインチキだ」と言うだろうか? クルマの燃費は統計ではないが、個人の運動能力と同じくらい運転環境による差が大きい。だから誰がどんな条件で乗っても近似する燃費の測定方法はあり得ない。つまり多くの人にとって納得のいくたった1つの「実走燃費」という指標があると考えること自体が幻想だ。

 一応、国交省の定める測定モードも「実燃費に近い走り方」を模索してそれなりに進化してきた。古くは「60km/h定地燃費」という平坦路をひたすら時速60キロで走った数値がカタログ燃費に採用されていたが、それが10モードに、そして10.15モードに、さらにJC08モードにと、徐々により現実に近い形の運転パターンに改められてきてはいる。国交省もメーカーも絵空事で構わないと思っているわけではないのだ。

 ただ、役所の規程なので、モードの中に速度違反領域はいっさい含まれない。現実を見れば、空いた首都高速道路で時速50キロの指定速度を守っているクルマはいないに等しい。法令違反を督励する気はないが、それがリアルワールドの現実なのだ。どうしたって条件が違う。条件が違えば運転状況によって良くなるケースも悪くなるケースもあるのだ。

 既にネットでは、大喜利のようなことが始まっていて、「カタログ燃費はおかしいと思ってた。俺のクルマはむしろ実燃費の方が良い」という無数の書き込みを見ることができる。もちろん、これは面白がってレアケースを書き立てている部分もある。燃費がアップするケースとダウンするケースどちらが多数派かと言えば、多くのケースでは発表値よりダウンする。ただ重要なのは、カタログ燃費より実燃費が良くなる実例も少なくはないということだ。要するに実燃費というのはそれだけ幅が広い。

 ということで、ばらつきの多い実走行とカタログ燃費は原理的に一致させようがない。燃費不正の問題は、全てのクルマの比較条件を揃えるために国交省が定めた測定ルールを破ったという点に集約される。法令順守という観点から見て明らかに問題がある。しかし、それをリアルな燃費と結び付けて糾弾するのはさすがに見当違いなのだ。

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