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» 2016年09月23日 06時30分 UPDATE

杉山淳一の「週刊鉄道経済」:日本の鉄道史に残る改軌の偉業 北海道もチャンスかもしれない (1/4)

鉄道ファンならずとも、JR北海道の行く末を案じる人は多いだろう。安全を錦の御旗とし、資金不足を理由に不採算路線を切り離す。それは企業行動として正しい。そして再生へ向けて動き出そうというときに台風・豪雨被害に遭った。暗い話しか出てこないけれど、今こそ夢のある話をしたい。

[杉山淳一,ITmedia]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP


日本の鉄道の偉業は新幹線と連結器

 日本の鉄道史を振り返ると、今では考えられないような大胆な改革をいくつか実施している。その最たる成果が東海道新幹線だ。自動車、航空機が発達し、もう鉄道の役割は終わったという当時の常識を覆した。日本だけではない。今日も続く海外の高速鉄道建設は、東海道新幹線の成功がなかったら、そしてフランスが奮起してTGVを作らなければ生まれなかった。

東海道新幹線の初代車両「0系」。開業当時は0系ではなく「新幹線電車」と呼ばれていた。2代目車両「100系」が登場したときに0系と呼ばれるようになった 東海道新幹線の初代車両「0系」。開業当時は0系ではなく「新幹線電車」と呼ばれていた。2代目車両「100系」が登場したときに0系と呼ばれるようになった

 東海道新幹線は東海道本線の軌間1067ミリメートルより広い1435ミリメートルで建設された。1435ミリメートルは世界で採用例が多く「標準軌」とも呼ばれている。世界の高速鉄道のきっかけとなっただけではなく、東海道本線の二重化を標準軌で実施したことに意味がある。日本の官営鉄道が1067ミリメートルを採用した理由は、用地が少なく建設費を削減できる、曲線半径を小さくでき山岳区間に向いている、などだった。しかし、鉄道の開業直後から「輸送力や安定した高速運転のために、やっぱり標準軌間にしたほうがいいのではないか」という「改軌論」があった。しかし、改軌派は「現状維持で新路線重視」という政府を翻意できなかった。全国の新幹線建設によって、日本の鉄道はようやく改軌が進ちょくしたとも言える。

 東海道新幹線が成功するもっと前に、日本の鉄道が世界の鉄道関係者を驚かせた事例がある。官営鉄道の全車両の連結器交換だ。官営鉄道が運行する機関車、客車、貨車、合わせて5万両以上の車両について、一晩で新型連結器に交換した。本州では1925年7月17日、九州は3日後の7月20日に実施されたという。この話は、私が小学生の頃の社会科の教科書にで紹介されていたと記憶している。ちなみに北海道は鉄道建設時代から自動連結器が採用されており、四国も本州と線路がつながっていないため、実施は遅かった。

 約5万両、両端だから約10万個の危険なねじ式連結器を、現在も使われているようなナックル型の自動連結器に交換した。その作業を本州も九州もたった1日で実施した。ただし準備は5年間かけた。車両点検などで入庫したとき、新型連結器をあらかじめ車両の床下に搭載しておいた。それを一斉に交換した。

 新幹線は建設時から成功を疑問視されていた。海軍小説で知られる鉄道好き作家の阿川弘之氏でさえ、新幹線を「ピラミッド、万里の長城、戦艦大和」に並ぶ世界の無用の長物と言った。連結器交換は安全面で必要だとはいえ、1日で全交換という仕事は、現在なら「無理だ」と笑われただろう。しかし、先人たちはやってのけた。

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