高齢者事故を防止する人間工学池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/4 ページ)

» 2017年04月24日 06時45分 公開
[池田直渡ITmedia]

 一般社団法人「日本人間工学会」によれば、「人間工学は、エルゴノミクス(Ergonomics)やヒューマンファクター(Human Factors)とも呼ばれており、私たちの生活の中に定着している。人間工学は、働きやすい職場や生活しやすい環境を実現し、安全で使いやすい道具や機械を作ることに役立つ実践的な科学技術」だそうだ。

 当然、自動車の設計でも人間工学は重視されているはずだ。なのだが、もう何十年も言われ続けているにもかかわらず、改善できていない問題がある。それはペダルオフセットである。特にコンパクトカーについて顕著なのだが、アクセルペダルとブレーキペダルが左にずれてしまっているクルマは今でも多い。

マツダは第6世代のクルマでペダルオフセット改革を行い、従来右ハンドルコンパクトカーでは難しかったオフセットを解決してみせた マツダは第6世代のクルマでペダルオフセット改革を行い、従来右ハンドルコンパクトカーでは難しかったオフセットを解決してみせた

ペダルオフセットと高齢者の事故

 そんな状態になっているのは、ユーザーがそれをあまり気にしないからということもあるだろう。先日話した某メーカーの人は「あまりペダルオフセットのご指摘は受けたことがないです」と言う。それはきっと本当なのだろうが、その状況にちょっと暗澹(あんたん)とした。

 少し前にマツダが開催した安全運転取材会で、筆者は高齢者の疑似体験をした。理学療法士が監修したさまざまな拘束具を装着して、ペダル操作を行ってみた結果、ペダルのオフセットがいかに高齢者の事故に直結するかを身を持って知ることになったのである。

 まずは膝の曲げ伸ばしや足の捻(ひね)りを制限するサポーターを付けられ、厚底で足が上げにくく、さらに足の裏の水平が保てなくなるオーバーシューズを履かされ、背中が丸まるように身体の前にウエイトを詰め込まれたベストを着せられて、なおかつ視野を遮(さえぎ)るメガネを掛けさせられた。

 歩けないわけではないが、スタスタとはいかない。座った状態から立ち上がるには杖があった方が助かるし、段差でもあれば転びかねない。階段の登り降りは相当怖いだろう。筆者もあと20年経たずに、リアルにこういう状態になるわけだ。

 さて、この状態で運転をする。と言ってもクローズドコースで、かつ安全のためクルマは実走させない。ついでに言えば、試験車両は旧型アクセラだ。旧型アクセラはフォード傘下時代のマツダで作られたクルマで、左ハンドル優先の設計のせいで、ペダルのオフセットが現行モデルとは比較にならないくらい大きい。

フォード傘下時代、左ハンドル優先で設計が進められた結果、ペダルオフセットが大きく顕在化した旧型アクセラ フォード傘下時代、左ハンドル優先で設計が進められた結果、ペダルオフセットが大きく顕在化した旧型アクセラ

 足の曲げ伸ばしが不自由なので乗り降りも大変だが、何とか運転席に収まった。インストラクター役のエンジニアが言う。「それではそのままバックするつもりで身体を捻って後方を目視しながらブレーキペダルとアクセルペダルを踏み換えて下さい」。

 そう言われてブレーキを踏んだまま身体を捻ると、ブレーキペダルから足が浮きそうになる。それを太ももの筋力で調整しながら、言われた通りペダルを踏み換える。まだリアルな老人ではないから脚の力で補正できるが、なるほどこれは大変だ。うっかりクルマが動き出したときに慌ててブレーキを踏み直そうとしてアクセルと踏み間違えれば、暴走による死亡事故が起きるのも道理である。

       1|2|3|4 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.