伸ばせば3メートル以上! ジャバラ地図『全国鉄道旅行』の存在意義杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/6 ページ)

» 2017年05月26日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]

年間最大3万部の優等生

 日本全国を1枚に収めたジャバラ地図は、そもそもなぜ作られたか。ちゃんと売れているのか。来年も出してくれるか。確かめに行こう。発行元の昭文社を訪ねた。恐る恐る、私の黒塗りの『全国鉄道旅行』を開く。すると、「うおおおっ」とうなり声が……。まずはおわび。せっかく作った商品を汚されたわけで、お怒りはごもっとも。

 ……と思ったが、担当編集者の宇田川友道さんは笑顔。「鉄道好きの方はこういう使い方をされるだろうなあと思っていました。全国を1枚に収めた意味があるなあと。“書き込んで使える”は紙の地図のメリットです。ぜひこれからも塗っていただければ(笑)」。

 お墨付きをいただけたので本題に入る。そもそもこの地図はどんな用途を想定して作られたのだろうか。宇田川さんは、「お客さまがどのように使われているか、こちらでは把握していません。しかし、企画意図は“日本の鉄道路線図を1枚で見せたい”でした」と話す。

 えっ、それだけ……。そんな思い付きだけで商品が成立するだろうか。ところが、成立した時代背景がある。『全国鉄道旅行』のルーツ、1971年発行『全国鉄道旅行図』がその答えだ。

photo 歴代ジャバラ地図

 昭文社は1960年に創業。大阪の区分地図から始まり、マイカーの普及に伴って道路地図で急成長した。10年後、70年の大阪万博も手伝って国内旅行が盛り上がる。長距離旅行は鉄道が主役という時代だ。国鉄は地域限定で自由に乗り降りできるワイド周遊券を改良し、往復の経路を自由に選択できる「ニューワイド周遊券」や、自由乗降地域を小さくした「ミニ周遊券」を発売した。そしてこの時期、市販の時刻表も相次いで判型が大きくなっている。現在のJR時刻表の前身『大時刻表』は64年に登場した。JTB時刻表の前身『交通公社の時刻表』も67年に現在のB5判になった。

 しかし、時刻表の地図は路線の掲載ページを探すための索引の役割で、掲載ページ数も限られている。これに対して、旅の目的地探し、旅の気分を楽しむガイド地図として『全国鉄道旅行図』が誕生した。表面の日本地図に国鉄の全線全駅と景勝地、裏面に主要観光地の拡大地図を載せた。路線図だけなら時刻表の巻頭地図でも足りる。しかし、全国の一枚地図を広げ、指でたどり、線路はつながっているんだなあ、と感じ取れるのはこれだけだ。読みやすい文字、線路と駅の位置関係、そこに地図編集者の美学がある。これがヒット商品となった。

 この系譜が40年後の2011年に誕生した『全国鉄道旅行』に受け継がれ、現在も続いている。経年版といって、毎年おおむね春ごろに改版されて、1万部から1万5000部が売れている。店頭在庫が減り、路線の新設、廃止が重なる場合は、年に2回目の経年版を出す。つまり、最大で3万部も発行する年がある。出版不況といわれ、特に地図分野はインターネットの無料地図も普及する中で大健闘といえる。

 その堅調な部数のなかに、私のように経年版を待っているリピーターの存在がある。16年は「北海道新幹線が掲載された版はいつ出るか」という問い合わせが多かった。北陸新幹線延伸開業時よりも、関心の高まりを感じたという。表紙に「北海道新幹線開業」とシールを貼ったところ、書店の北海道新幹線開業関連のコーナーに置かれてよく売れたそうだ。この分なら、来年以降も経年版が出るだろう。安心した。

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