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» 2017年06月27日 08時02分 公開

スピン経済の歩き方:日本人が「通勤地獄」から抜け出せない、歴史的な背景 (3/5)

[窪田順生,ITmedia]

アバウトな日本人がガラッと変わった

 その後、80年代、90年代になっても「時差通勤」はちょこちょこと唱えられてきたが、うまくいったためしがない。例えば、1991年には、総務庁(当時)が「時差通勤通学推進計画」という5カ年計画をぶちまけて、『ラッシュ時の最混雑率を「週刊誌を読むことができる」二〇〇%に引き下げることを目標』(日本経済新聞 1991年3月26日)としたが、今の状況を見ても分かるように「夢物語」で終わっている。

 このように日本人が70年かけてやろうやろうと思ってもなかなか実現できなかったのが「時差通勤」なのだ。いくらクールビズを成功に導いた小池さんであっても、そう簡単にこの「壁」を打ち破ることができるのか、というのが正直な感想なのだ。

 もちろん、かつてに比べたら「時差通勤」も少しずつ社会に普及している。そのような意味では、「時差ビズ」がまったく意味がないなどというつもりは毛頭ないが、「働き方改革」を呼びかけるやり方では、これまでとほぼ同じである。ゆえに、これまでとそれほど変わらない結果になる可能性が高いと申し上げているのだ。

 そのような話を聞くと、不思議に思うのはなぜここまで日本社会に「時差通勤」というものが定着をしないかという問題ではないだろうか。

 よく指摘されるのは、日本は都市部に機能が集中していることに加えて、「横並び」の意識が特に強いことから、同僚や取引先のことを考えて有給休暇を消化できないように結局、「定時出勤」をしてしまうというものだ。

 要するに、「マジメ」だというのだ。

 そうそう、なんせ日本人は世界一勤勉だからな、という愛国心溢れる方たちから賛同する声が聞こえてきそうだが、個人的にはそれはちょっと違うのではないかと思っている。

 近代史の専門家など一部の方たちがよく指摘しているのでご存じの方も多いかもしれないが、明治までの日本人は勤勉とはかけ離れていた。もちろん、マジメな日本人もたくさんいたが、当時、日本にやってきた外国人たちが、酒飲みでだらしない怠け者の日本人の姿をたくさん記録している。

 そういうアバウトな国民がガラッと変わったのが、明治以降の「富国強兵」という国策である。西洋列強に追いつくには、愚痴をこぼさずシャキシャキ働く従順な国民が必要だった。そこで、「勤勉」こそが美しく、日本人のあるべき姿であるという国民教育が施されたのである。

 とはいえ、もともとはアバウトな国民だったので、明治・大正になってもわりといい加減な人も多かった。とにかく雨が降ろうと槍が降ろうと、会社に行きますみたいな感じではなく、わりとよく約束も破った。

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