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» 2017年06月27日 08時02分 公開

スピン経済の歩き方:日本人が「通勤地獄」から抜け出せない、歴史的な背景 (4/5)

[窪田順生,ITmedia]

若者たちに「軍人精神」が叩き込まれていく

 「いい加減なことを言うな、この反日ライターめ!」と怒りに震える方も多いかもしれないが、戦前、日本民族がよその民族に対していかに優れているのかということを熱心に研究し、後に「田中ビネ―知能検査」を発案し、心理学者として初めて紫綬褒章を受賞された田中寛一博士は1942年に出した『日本民族の力』という本のなかでこのように述べている。

 『最後に、日本人のやや劣っている点は、約束は守り、義務を果たすことに忠実ではないことでもあります。この性質においては、多くの他の民族よりも優れていますが、ただ支那人に比べると、やや劣っている品等されているのであります』(日本民族の力 P101)

 日本人は大昔から勤勉だったと信じて疑わない人には申し訳ないが、この時代ではまだ、「お前、明日はちゃんと来いよ」と上司から念を押されても遅刻をしたり、バックれてしまったりという日本人がまだたくさんいたのだ。

 ただ、こういう気質がガラリと変わっていく。1938年に労働組合が国の指導下に置かれるなど労使一体で「戦時体制」に統合されたことで、軍需工場で勤める労働者の若者たちに「軍人精神」が叩き込まれていくのだ。

 例えば、『読売新聞』は産業報国連盟と共催で、産業青年隊幹部を2日にわたって軍に体験入営させるというイベントを開催。クールビズよろしくこのような国民啓発運動を展開している。

 「軍人精神を職場に活かせ」(読売新聞 1943年8月7日)

 この労働者のマネジメントに、日本軍式の組織運営術を導入するという「働き方改革」は効果てきめんだった。生産性がぐーんと上がって、これまでは泣き言を言って急に姿をくらますような若者が激減して、「出勤率も向上」(同紙)したという。

 そのあたりの体験談は、今も自動車用照明で名をはせている小糸製作所で勤務していた当時27歳の若者がこんな風に言っている。

 『ここ一ヶ月でも私達の出勤率が向上し遅刻の常習者も改まった、軍隊のあの緊張を一泊二日でも見た者にとって、賃金本位に自分の利益を計算して勤めることは、日本人の本心としてはできない』(同紙)

 彼のような若者がちょうど「管理職」になった20年後、日本のサラリーマンは鉄道ストさなかでも定時にしっかりと会社に到着するなどの「勤勉さ」を発揮するようになる。

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