豊田章男「生きるか死ぬか」瀬戸際の戦いが始まっている池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2017年12月04日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]

 しかし現実はそうではなかった。トヨタは設備をフル稼働させないと利益が出せない体質に変わっていた。リーマンショックの翌年、急速にシュリンクした需要に合わせて生産を調整したところ、創業以来の激甚な大赤字に見舞われたのだ。この2000年代前半の生産設備増強を陣頭指揮していたのは当時の社長であった張富士夫氏である。張氏と言えば、トヨタ生産方式の完成者である大野耐一氏の直系の弟子。トヨタの中でトヨタ生産方式を最も熟知していたエースである。そのエースで負けたことがトヨタの危機感を募らせた。続く渡辺捷昭氏は海外拡販路線を継承しつつ、コストダウンの大ナタを振るったが、そこで北米の大訴訟に直面する。真実は一概に言えないが、推進していたコストダウン戦略と北米の品質問題を関連させた指摘も多く、社長を退いた。そして豊田章男社長時代が始まったのである。

 豊田社長は13年から工場の新設を凍結し、「意思ある踊り場」を表明、新規工場の設備投資を既存設備の柔軟性改革に振り向け、生産台数の増減に利益率が左右されない生産設備へと改善した。15年にこの凍結を解除してメキシコ工場の建設を決めたが、この踊り場の間にフォルクスワーゲンに追いつかれてしまう。計画ではギリギリで首位を維持して再加速に入れる予定だっただけに、豊田社長は決算発表で控えめながらその悔しさをにじませた。

 17年3月期で、売上高27兆5971億円、営業利益1兆9943億円、純利益1兆8311億円。その営業利益は、国家税収でいえば、世界ランキング17位のスイス、18位のオーストリアに並び19位。為替レート次第ではこの2国を抜きかねない。そういう国家予算と見紛うレベルの決算を叩き出しながら、手を緩めることなく今回も組織改革を進めるのは為替の影響もあるとは言うものの、利益率の低迷が大きい。当期純利益率は前期の8.1%から6.6%に落ちている。デッドヒートを繰り広げてきたフォルクスワーゲンに対するアドバンテージがなくなった。

 利益率はもちろん会社の利益を保証するものだが、豊田社長は「研究開発費を絶対に維持するための利益」だと言うのだ。100年に1度の大改革時代を生き残るために、トヨタは全方位戦略をとっている。EV(電気自動車)かHV(ハイブリッド車)かの2択ではなく、EVもHVもFCV(燃料電池自動車)も内燃機関も、可能性のあるすべての技術を大人買いするのがトヨタ流である。しかし未来技術のすべてをリードしていくための研究開発費は1兆円と膨大であり、それを叶え、「絶対に負けないトヨタ」を作るためにはこんな利益率ではダメなのだ。

電動化のキー技術はモーター、電池、PCUの3つ。このすべてについてトヨタは開発・製造が手の内化されている 電動化のキー技術はモーター、電池、PCUの3つ。このすべてについてトヨタは開発・製造が手の内化されている

 利益を生み出すためには、ビジネスの精度が高くなくてはならないが、最後の最後で何が大事かとなれば、製品が優秀であることだ。「業界の標準的な性能のものを安価に」というやり方では、コストで負けたら企業価値が霧散する。今日本の企業に求められているのはやせ我慢でコストを削減することではなく、価値ある製品を妥当な価格で、いやもっとはっきり言えば高く売って、日本の生産性を高めることである。そうでなければ日本はデフレを脱却できず、賃金も上がらず、どんどん貧しい国になる。そのためには「あの製品が欲しい」という強烈な魅力があって、販売やサービスや価格がそれに付帯してくることが本筋である。もちろんどれも大事だが、根本は製品の魅力であるということは変わらない。そこでトヨタはTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャ)でビジネスのすべての改革に取り組み、併せて「もっといいクルマ」というキーワードを中心に置いたのである。

モーター、電池、PCUにエンジンを加えればハイブリッド車、フューエルセルを加えれば燃料電池車、何もつけなければ電気自動車になる モーター、電池、PCUにエンジンを加えればハイブリッド車、フューエルセルを加えれば燃料電池車、何もつけなければ電気自動車になる

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