最大50%還元! JR西日本「ICOCAポイント」、“大胆策”の理由杉山淳一の「週刊鉄道経済」(6/6 ページ)

» 2018年08月17日 07時00分 公開
[杉山淳一ITmedia]
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旅客動向データがほしい

 JR西日本がICOCAポイントを始める理由はもう一つ。ICカード乗車券システムによる「旅客の利用データの収集」だ。そのためにはICOCAそのものが普及しなくては意味がない。

 ICOCAの発行枚数は1800万枚を超えた。これは鉄道事業者のICカード乗車券発行枚数としては第3位だ。しかし、第1位のJR東日本「Suica」は17年3月時点で6398万枚、第2位の「PASMO」は17年1月末時点で3252万枚。数字が大きく開いている。首都圏ではICカード乗車券の普及率は約9割、関西圏では5〜7割という調査結果もある(参考記事)。

 有人改札から無人の自動改札に転換できる、きっぷ販売機を減らせるなど、ICカード乗車券導入によるコストメリットは大きい。乗客にとってもスムーズな改札通過ができて、乗り越し精算の手間も減る。だからJR西日本はICOCAをもっと普及させたい。JR東日本は新たな中期経営計画で、鉄道主体ではなく、Suicaを軸とした生活産業にシフトすると宣言した。JR西日本もそこを目指したい。

 発行枚数を増やすだけなら、ICOCA保有者に自動的にポイント還元を実施すればいい。しかしJR西日本はポイント還元に「利用登録」という条件をつけた。「旅客の利用データの収集」をするためには、ICOCA利用者の合意が必要になる。個人情報保護法第16条によると、事業者は本人の同意を得ないで個人情報を収集、利用してはいけない。

 だから、利用登録によって、利用規約に同意してもらう必要がある。利用規約にはおそらく「個人情報の収集・保有・利用・預託」が含まれる。JR西日本がICOCAポイントを導入する意味は、利用者の情報、鉄道の利用傾向を知りたいから。もちろん悪意はなく、ほとんどの事業者のポイントカード会員規約にも盛り込まれている事項だ。

 JR西日本に限らず、利用者の鉄道利用状況が把握できれば、利用者の状況に合わせて適切な列車ダイヤを組める。利用者の多い時間帯で増発、少ない時間帯で減便してコストダウンという施策をとれる。また、電子マネーの利用と関連付ければ、駅で適切なサービスを提供できる。エキナカショップの品ぞろえやブランド決定の材料になる。そのためにICOCAの普及率を上げ、利用者の動向を知りたい。

 つまり、ICOCAポイント制度は、きっぷ転売による機会損失の対策と、より充実した鉄道サービスの提供の両方を狙っている。ポイント還元率50%は、これら2つの目的を実現するための、良く言えば利用者還元、意地悪く言えば釣り餌だ。

 首都圏で最も手厚いポイント還元は、東京メトロのクレジットカードでたまる「メトロポイント」だ。最上位のゴールドカード会員は1回の乗車で平日に20ポイント、休日に40ポイントを獲得できる。JR東日本はSuicaの電子マネー利用でポイントを付与するけれども、乗車券に対するポイント還元はない。それだけに、JR西日本の「乗車ごとに50%還元」は大胆だ。

 JR東日本が同様の運賃ポイント還元サービスを始める必要はないだろう。もし実施したとしても、JR西日本のような大胆な還元率にはならないと思われる。しかし、ICカード乗車券システムで、このような複雑なサービスを実装できると分かった。

 Suica、PASMOでも、バス会社によってはバス利用特典サービスを提供している。JR東日本をはじめ、他の鉄道事業者もJR西日本のような利用回数ポイントを実装してほしい。割引率は回数券と同じだといいけれど、JR西日本にならって多少は割高でもいい。回数券を事前購入する手間と、残り枚数や利用期間の管理の煩わしさがないだけでも、利用者のメリットはある。鉄道事業者にとっても、定期外運賃利用者の増加促進になるかもしれない。

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

乗り鉄。書き鉄。1967年東京都生まれ。年齢=鉄道趣味歴。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社アスキーにてPC雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年よりフリーライター。IT・ゲーム系ライターを経て、現在は鉄道分野で活動。鉄旅オブザイヤー選考委員。著書に『(ゲームソフト)A列車で行こうシリーズ公式ガイドブック(KADOKAWA)』『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。(幻冬舎)』『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法(河出書房新社)』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」。


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